顔面インフラ


「へえ! 前はカナダに?」
「ええ、父の仕事の都合でこちらへ来ましたの」
「そうなんだ。やっぱり英語が得意だったりする?」
「実はその前にフランスにいたので、フランス語の方が好きですね」
「マルチだね! すごいなあ、三宝院さん」
「撫子とお呼び頂いて構いません」
「ほんと? 僕も愛でいいよ」
「……可愛らしいお名前ですね。あの、変な意味ではなく」
「ありがとう。愛の戦士って書いて愛士って読むんだ」

 私は窓側にある時雨の机まで行き、寄りかかった。悩める乙女王子は美形のトークから顔を背け突っ伏している。けど耳はしっかり傾けていた。

「……時雨、元気出せ。別に何も決定してないんだから」
「なんか……お似合いだな」

 絵的には否定の余地が一切無い。励ましの言葉が私の中で悉く撃沈していく。
 転校したばっかりだから愛士と喋ってるだけで……いや、初っぱなからあいつだったら普通は惚れるわ。でも愛士のあれは通常運転……だよな。え? もしかして気に入ってる?
 そして考えに考え抜いた、私の渾身の発言は。

「許嫁とか居そうじゃん」
「あいつが本気になったらそんなもん粉砕しそう」

 瞬殺された。しかも説得力がとてもある。愛士ならやりかねない。笑顔で許嫁に負けを認めさせそう。
 その時、三宝院さんのすぐ後ろのドアが盛大に開いた。

「撫子様あああ!」

 教室が水を打ったように静まり返った。時雨も何事かと起き上がる。
 水色の髪をオールバックにした、ガタイの良い男がいた。奇行のわりに、きっちりと一番上まで制服のボタンを留めている。大声で派手な登場をかました彼は、深紅の瞳で人を探しているようだった。すごく手前にいると思うよ。

「わたくしですか……?」

 もしかして許嫁なのかと期待したが、知り合いですらなかったらしい。
 きょとんとする三宝院さんに気付くと、その不審者は彼女の手をとってひざまずいた。

「やっとお会いできました! クラスが違ってしまったのが残念ですが」
「あの……」

 当然だが三宝院さんは困っている。
 眉を顰めた愛士より速く動いた奴がいた。

「おい、何してんだよ。困ってんだろ」

 宿題をまだやっていない耕太郎だった。愛士に助けを求めに行ったところだったのかな。
 赤い髪と同じように明るいお調子者が、あんなに低い声を出しているのは初めてだ。
 オールバックは、自分の肩を掴む耕太郎を睨み上げた。

「……アァ?」

 服装は校則遵守だけど目付きがヤンキーだった。ぎらぎらした目は遠くからでも凄みがあって、視線だけで人を殺せる気がする。
 耕太郎は一回ビビったみたいだけど、負けじと言い返した。

「見ず知らずの奴にいきなり手ぇ握られたら怖いだろ。か、考えろよ」
「……覚えていらっしゃらないのですか? 撫子様」

 謎の男は、今度は捨てられた子犬のような顔をして三宝院さんを見上げた。

「ごめんなさい。どこかでお会いしましたか?」

 でかい子犬は衝撃の事実によろよろと立ち上がると、アクアブルーの髪をぐしゃぐしゃと乱した。ちょっと、本当に危ない人なんじゃないの。

「……これでも、何も思い出されませんか」

 彼が手を離すと前髪が生じていて、俗に言う無造作ヘアーになった。
 不審者の顔は意外と幼く見えて、オールバックよりこっちの方がかっこよかった。個人的に。

「もしかして、あの時の方ですか?」

 三宝院さんは続けた。

「集団でカツアゲにいらしたので、私がお財布を投げ捨てて『犬のように這いつくばって拾えばいい』と申したところ、お連れ様を帰してから『俺は人間だから、拾ってやるよ』と特に何もせずお財布を渡してくださった方ですか?」
「はい! その時の卑しいクズでございます。今は心を入れ替え、罪を反省しながら暮らしております。
 俺の目を覚ましてくださった撫子様に、どうか恩返しをしたくて……」

 瞳を潤ませた彼は光速でかしづいた。膝に痣できそう。

「いやいやいや、ちょっと待て」

 耕太郎がツッコんだ。かちゃかちゃと眼鏡をひっきりなしに指で上げている。

「お前は元ヤンで? 女の子にタカったら予想外にドSな切り返しされて、Mに目覚めたってこと?」
「撫子様を穢らわしい目で見るなこの腐れメガネ! 人生の意味を見出したと言え!」
「く、くされ……ていうかそれがMなんじゃ……」
「黙れ!」

 ごめん、傍からもドMの覚醒話にしか聞こえない。三宝院さんもすごいな。
 彼女はさらなる器の違いを見せてくれた。

「そうでしたか。
 わたくし、転校してきたばかりですの。お友達になってくださいませんか?」

 王妃が国民に手を振るような微笑み。元ヤン現Mは今にもバンザイしそうな破顔だった。

「元地 千里と申します。千里とお呼びください。隣の組におりますが、いかなる時でも駆けつけます」

 本当にいつでも飛んで来そうだな。そして組ってクラスのことだよね?
 しかし元ヤン千里君の幸福は長く続かなかった。

「宜しくお願いします、千里さん。
 貴方もお友達になって頂けますか?」

 元地君、真顔。

「……オレ!? あ、えー、高梨 耕太郎っていいます」

 耳を赤くした耕太郎の横で、マゾな忠犬が唸り声を上げた。B級映画のゾンビのようにふらりと立ち上がる。

「撫子様、ご友人は選んだ方が良いかと……こんな勉強だけが取り柄のようなメガネなど……!」

 甘いな。耕太郎は眼鏡かけてるだけでバカだよ。ゲームのし過ぎで視力落ちたタイプだから。

「ええ、初対面のわたくしにも優しくしてくださいましたから。是非お友達になって頂きたかったんです」

 犬になったり般若になったり、忙しい元ヤンが震えていた。耕太郎、殴られるんじゃないの。
 その時だった。

「あれ? 千里だ!」

 ゾンビが生き返り、素面で目を丸くした。

「……鳴海?」

 アイドルがハーレム共と教室へ帰ってきた。教室のあの辺の顔面偏差値が大変なことになってる。最難関だよ、ハー○ードだよ。

「久しぶり。どうしたの?
 第三高校に行ったんじゃなかった?」
「昨日付けで転校してきた」

 元ヤンはしゃあしゃあと言ってのけ、登場時など比にならないくらいの無音になった。

「そうなの? よろしくね」

 気にしていないのは鳴海くらいだ。

「待て待て待て、ほんとに偶然なのか!?」

 眼鏡をかっちゃかっちゃする耕太郎に、元地君は誇らしげに言った。ついでに髪をかき上げオールバックに戻る。

「必然だ!」
「三宝院さん、こいつストーカーだよ!」
「人を指差すな! 下品なメガネめ!」

 丁度よくチャイムが鳴り、元地君はまた膝をついて三宝院さんにかしづいた。

「撫子様、時間になってしまいましたので失礼します。また参りますが、ご用件があれば何なりと」

 もしかして毎時間来るのか。
 元ヤン君は、空港での見送りかのように名残惜しそうな顔をして出て行った。

「あいつヤバいんじゃないか」
「三宝院さん、大丈夫?」

 耕太郎と愛士が心配そうにしていた。私も心配だ。真性の開き直ったストーカー(マゾ)とか初めて見た。

「……あの方、今頃の時間にカツアゲしてらしたんです。人って変わるんですね。
 自分がお役に立てるってどんな形でも嬉しいです。千里さんは優しそうな方でしたし、大丈夫だと思います。
 それに、頼れるお友達もできましたから」

 三宝院さんが天女の微笑みを浮かべると、耕太郎が真っ赤になっていた。ほほう。