閑話急展開
ラッシュの購買はそれがしのような低身長にはマジで戦争でございます。うげえええ死ぬううう。
お弁当を忘れた今朝のそれがしめ、ツナサンドに手が届かないではござらんかあああ。
「……これ?」
それがしの真上からぬっと伸びた腕がサンドイッチを掴み、手が大きすぎてもはや摘んでいました。
こてんと首を傾げたのは眠た気トーテムポールこと梅宮殿。か、かわいいとかオモッテナイデゴザルヨ。
「あっ、そ、そうです!」
「……一緒に買っちゃおうか。おばちゃん、これも」
「へひい!?」
「え?」
「いやなにも!! あああありがとうございます!!」
プライスレス、じゃなかったお金を返さねば……!
「はい。……これでお腹いっぱいになるの?」
「じゅじゅっじゅ十分でござります! あの、おいくらでしたっけ!?」
「ん……いいよ、なんか一円玉増えそうだから」
「えええ」
でもでも、と食い下がるそれがしに、梅宮殿は再びこてんと首を傾げて言いました。
「じゃあ……○○○って漫画、持ってる? よかったら貸し「タイトルうううううう!!」
それがし本人が驚くほどの大声をあげてしまいました。AVも真っ青な明らかにエロス全開ですというタイトル。それをさらっとこんな人の多いところで……! 喧騒のおかげで我々の会話はかき消されていましたが……!
というか読むんですか、梅宮殿。
「持っていますが、よく知っていますね。だいぶマニアックですよ?」
「……姉貴。面白そうだから一緒に探してるんだけど、うちの近所に売ってなくて」
お姉さまはなかなかの玄人なのでは。それがしの同胞にも知ってる奴は多くないです。本当に紹介して頂きたい。
でも今は、じゃあねを言われる前に、もう少しだけ。
「どちらにお住まいなんですか?」
「……第二中の方、バスでちょっと」
「ああ! 少し小さめの良い本屋さんありますよね。よくお世話になっています」
梅宮殿がやんわり先を歩いてくださいました。別にドキドキしていません。なんかくすぐったいだけです。
「うん……キャンペーン中みたいで、こないだのアニメの、コースター配ってた」
「なんですと!?」
本日の乙女モードは終了しました。
「いる? 俺も姉貴もスマーばっかり当たる」
「是非!! あ! それがし豪がダブってるのですが、交換しません!?」
「(それがし……?)じゃあ持ってくる……俺、豪が一番好き」
「かっこいいですよね! あんな受け受けしゲッホゴホ!! う、梅宮殿はロージーもお好きそうですね!」
「(殿……?) うん、ベレッタ組はみんな好き、かも」
「おおお! ではやっぱり原作の六巻はお宝ですよね!」
「(お宝……?) 結構読み返しちゃうな」
「わかりますー!!」
好きなシーンやキャラクター、だんだんお互いの家族や中学時代。
能面の君こと梅宮殿が少し楽しそうに見えて、それがしは浮かれていました。
「……秦さんって変わってるね」
「趣味に関しては不問ということでお願いしましたが!?」
「えっと、そこじゃなくて……そんなに面白い?」
「へ?」
「俺なんかの話、聞きたがってくれる人、あんまりいないから」
江西殿と購買に来ていたプリンセスなるみんに気づかないくらいに、それがしは浮かれていました。
「危ないよ、夏」
「え、すいませ……ん」
パッと振り返った江西殿に、梅宮殿。
空気が、違いました。
「…………ごめんね」
見上げるほど高い場所で揺れる、紫の寂しそうな瞳。その先では、江西殿となるみんの手が重なっていました。
その手がパっと離れたのと梅宮殿が背を向けたのは同時です。
人混みに分断される直前、それがしの耳は江西殿の声を拾ってしまいました。
「元カレ。ちょっと気まずいだけ」
恥を知れ。お天道様に大声で怒鳴られた気がしました。
そうですよね。こんなちんちくりんのモブがなにを自惚れていたのでしょう。部相応というものがあります。あんなに美しく笑う方なら、同じく美しい方とおつき合いするに決まっているじゃないですか。
物事にはバランスが欠かせません。それがしのような一般人ではつり合いません。どうして失念していたのでしょう。浮かれ過ぎです。
梅宮殿の優しさに胡座をかいていたバチです。
今だって彼は、のろまなそれがしを待っていてくれました。
「ごめん、なんの話してたっけ」
「……昨晩のアニメですよ」
「そうだったね」
梅宮殿は廊下を通らず校庭を突っ切って教室に戻るタイプのようです。
まだ購買に人口が集中しているのでしょう。笑い声も響き、早速遊んでいる生徒もいるのに、むしろ静かに感じられました。
そしていろいろなものに耐え切れず、それがしの口は浅ましく回りました。
「お、お付き合いしていた方ですか」
「うん……ちょっと、うまく話せなくなっちゃって」
「そうでしたか……」
「なにかあったわけじゃ、ないんだ。相手も、俺なんかと付き合ってくれたようないい子だし……」
ところであのアニメさ、と続ける梅宮殿は悪くありません。
そもそもそれがしが首を突っ込もうだなんて、おこがましい。
でも、でも。
俺なんかの話、聞きたがってくれる人、あんまりいないから
「……聞いていいのかわからないんです」
「え?」
紫の瞳はとっくに寂しさへ蓋をしていて、それがしはなおさら濁流のような感情に身を任せてしまいました。
「心配だったり、気になったりしても、言ってくれなきゃわからないんです。
何を思っているのか知りたくても踏み込ませてくれないのは、貴方です……!」
情けない涙声を張り上げるそれがしに、梅宮殿はただ目を丸くしていました。
「俺“なんか”とか言わないでください! 貴方を好きな人への冒涜です!」
結論からすれば言い逃げです。
頬が濡れていると気付いた時、それがしは走り出していました。