一難去って
「……というわけだったんだ、こないだのは。ご心配おかけしました」
朝の購買でミルクティーを買っていたら、どこからともなく「夏ー!」と鳴海が湧いて出てきた。
ついでに香音との間に起きたことを話した。浮かれてなんかナイナイ。
「そっか。よかったね」
ずっと黙って聞いていた鳴海は一瞬、見たことのない下手な笑い方をした、気がしたけど。
私より速く、元気丸出しのピンクが口を開いた。
「夏のタイプって全然わかんない。愛くんには靡かないで梅宮くんとか、こう、わりと逆系統の子と付き合ってたりさ」
あー……たしかにそこ疑問になるよね。
廊下を見回す。後方確認よし。耳を貸せ鳴海。
「……愛士のこと好きだったよ」
「え!?」
「大昔ね。小学校の時とかだよ。今は全然」
うっかり喋っちゃったけどよかったのかな。まあこいつは言いふらさないだろう。
……絆されてるな。
目を瞬かせる鳴海に、絶対に内緒だから、と一応念を押す。
「あいつは会う人みーんなにちやほやされてたのに、ちょっと寂しそうだったから……私はずっと友達でいようって思っちゃったんだ。
だから香音が言いたいことも、なんとなくわかる。
……私たちの“好き”ってそういう形なのかも」
教室につく直前、鳴海が足を止める。
どうしたの、と聞く代わりに振り向く。
珍しくへらへらしていない鳴海が、これまた珍しく眉間にしわを寄せていた。
「………………俺さ」
いつもよりずっと落ち着いた少し低い声に、涙声がかぶった。
「なるみぃっ……!」
濡れ羽色の長い髪。校則通りの制服。膝丈のスカートから伸びる美脚を、黒いタイツが覆っている。
隣のクラスの高嶺さんが、鳴海の胸に飛び込んでいた。
え。
□■□
「ごめん夏、ちょっと抜ける」「お昼一緒できないや、ごめんね」
「……夏ちゃん、鳴海となにかあった?」
「いや特に」
鳴海もいちいち私に断りを入れなくてもいいんだけどな。
たしかに最近、鳴海と話す機会が明らかに減った。愛士や時雨、元地君にまで言われる始末だ。
「“タカネの百合”だっけ」
高嶺(たかみね) 百合華さん。
香音や元地君とは逆隣のクラスにいる、黒髪のお嬢様。いや、実際は知らないけど。もういっそ名前から華やかで美しいわ。
三宝院さんが洋風の神々しさなら、高嶺さんは和風かな。そこ張り合えるってすごい。
そんな彼女のなにが高嶺って、背も高いけど気位がものすごい高いらしい。ていうか男嫌い。
だからまあ、告白して散っていった野郎どもからも、遠巻きにしている連中からも“高嶺の百合”なんて呼ばれているそうだ。
「よく知ってたわね、小豚」
「小柴な! お前ワザとだろ!」
情報源は鳴海親衛隊のサンドバック。奴は語尾にブーを付け忘れて続けた。
「なるみんに近づくやつは大抵調べてる。そもそも昨年、俺が同じ委員会だったんだが」
「気持ち悪いな」
「水面下にあった、高嶺からなるみんへの好意が顕在化した、というのが我々の見解だ。
きっかけは不明だし、一部の輩には乗り換えだの手が早いだの言われているが……なるみんはそんな子じゃない」
「元ヤンだから手が出るのは早いっぽいよ」
「個人的には、お前の方が合っていると思う」
「聞けよ」
「なるみんの笑顔を一番輝かせることができるのは、お前だ! 江西!」
「私の神経を一番逆撫でできるのもお前だよ養豚」
愛士が諦めたように見守っていた。ツッコんでよ。
「ていうか、なんであんた最近こっちいるのよ。親衛隊と書いてストーカーでしょ」
「失敬だな。我々は誇りと節度が鉄の掟だぞ。
あと、なるみんの近くだと高嶺が睨んで来てぶっちゃけ怖い」
そういうタイプか。ていうか小柴ですらダメなのか。
もし鳴海と高嶺さんが付き合ったら、今までみたいに話せなくなるのかな。
……なんだろう。それはちょっと、うん。
「いかんいかん。なるみんにグミを買ってくるんだった」
小柴が今日の当番らしい。何の当番かはどうでもいいから聞かなかった。相変わらず貢いでるな。
愛士も購買に行くから誘ってくれたけど、今はいいや。
「いってら」
鳴海、グミなんて好きだっけ。美容に悪いのもあるから、ミルクチョコはあんまり食べないとか言ってたけど。
最近はどうだか知らないや。
そういえば勝手にお昼食べにこっちの席まで来てたけど、私から行ったことはなかった。
あいつが来る前ってどうしてたっけ。いつからこんなに一緒にいたんだっけ。
……私、もしかして寂しいのか?
でも高嶺さんは鳴海が好きなんだよな。
それなら、ただのクラスメートな私がごちゃごちゃ言うことはできない。
(どこがいいのかはサッパリだけど)
綺麗なとことか、おいしいお店知ってるとこ? いや、それなら愛士も相当でしょ。
なんだろう。
腹黒だけど人当たりいいし、なんだかんだ優しいとこかな。
(お似合いっちゃあお似合いか)
高嶺さんは背が高いけど、鳴海もああ見えて結構高い。
雰囲気もへらへら系とクール系でバランスいいんじゃないかな。
(……黒髪、好きなんだっけ)
私は無意識のうちに、高嶺さんほどは長くない黒を掬って眺めていた。
やっぱ購買行こ。
と、教室を出たところで、視線。
(秦さんと……高嶺さん)
わりと近くに二人がいた。
喋ってるところ見たことなかったけど仲良いのかな。意外。失礼だけど身長差すごいな。
そして……に、睨まれてる。高嶺さんに。
「江西さんですよね?」
「あ、えっと、はい」
艶髪と言っても足りないくらいの彼女は、もはや人を圧倒する気品に溢れていた。
そんな大和撫子が眉を吊り上げているので迫力がエラいことになっている。
綺麗系だけどよく見ると黒目がちの童顔だし、笑ったら可愛いんじゃないでしょうか。
んなこと言える空気じゃなかった。ご用件はなんでしょう震えそう。あっ、韻が踏める。
「気が無いのなら、あまり彼を唆すようなことしないでくれる? すぐ調子に乗るから」
「え」
ぽかーん。
私も、なぜか秦さんも呆気に取られていた。むしろ彼女の方は青褪めていた。
「百合華! 江西殿は関係ないでござろうに、そんな言い方……!」
「あいつが馬鹿だから悪いのよ!
……もうすぐチャイムが鳴るわ。また後で、弥生」
殿?
高嶺さんは黒髪を靡かせ、長い美脚でスタスタ自分のクラスへ去ってしまった。
「ご気分を害して申し訳ない! 百合華はちょっとというか、かなり不器用な部類で語彙が崩壊しておりまして!
もう少しソフトな内容を言いたかっただけなんだと思います! 確認しておきますのでご容赦を!
ああ見えて根はいい子なんです! 歩くツンデレなだけで!」
血相変えた秦さんがヘドバン並みに頭を下げて謝ってくれた。汗がすごいことになってる。
殿が気になるけど聞ける雰囲気じゃない。
あと、唆してもいない。