ベタな展開
「姉妹? そっちの子も高校生? カワイイ~」
「ねえねえ、俺らと遊びに行こうよ」
絡まれている。
サイズ合ってないんじゃないのかと思うくらい、グダグダに制服を着た高校生、ていうかヤンキー三人が私たちのまわりを取り囲む。邪魔。
普段は愛士とか耕太郎がいたから忘れていた。
アミは二十メートルに一回はナンパされるんだった。
「こっちの小さい子は恥ずかしがり屋さんかな~? こわくないよお」
「オレはお姉さんの方も全然イケるよ?」
なにがだよ。
それよりイライラしてきた。アミが涙目になっている。
元地君との待ち合わせは、この先の少し大きい喫茶店。看板まで見えているのに……!
「お姉さんめっちゃ顔こわいんだけど、怒った? ごめんごめん」
「あっちで仲良くなろうぜ~」
身の程知らずが汚い手でアミの腕を掴んだ。
あ、もういい処刑。
「おい。俺の連れだ」
「……も、元地せんぱ……!」
私が片足に重心を乗せた時、ドスの効いた声が飛んできた。
ナイスタイミング、元地君。
「元地だ! なんでここに!?」
「第三高校行ったんじゃなかったのかよ!?」
ヤンキーが狼狽える。
スタスタこっちに来る元地君。やっぱり有名人だったんだね。
「さっさと失せろ。そうすれば見逃してやる」
「……どーすっかなあ!? こっちは三人だぜ!?」
「きゃっ!」
「んぎゃっ!」
しまった。
私は咄嗟に相手の鼻を捻りあげたけれど、アミが別の男に捕まった。だから汚ねえ手で華奢な肩に触んじゃねえよ殺すぞ。
「この女やべえよ! 目も潰そうとしてきたぞ!?」
「えっ。ひ、人質は一人でいいからあっちやっとけ!」
元地君の方へ思いっきり突き飛ばされた。
これ転ぶわ。
まあいいや立ったら距離を取り助走をつけてあの豚のこめかみに蹴りを--。
「夏!?」
そう計算しながら尻餅をつくはずだったけれど、誰かに受け止められた。
元地君じゃあない。
強すぎない少し甘い香り、枝毛一つないピンクの髪に整えられた爪。
「鳴海……?」
「うん。大丈夫、って感じでもないね?」
颯爽と現れたのは我が校のアイドルだった。
「え、どっから沸いて出た」
「虫みたいに言わないでよ。
野暮用で残ってて、今帰りだったの。そしたら夏たちが見えてさ。
……しょーがないね。千里は優しいから、ああいうことされると困っちゃう」
魔性の瞳がヤンキーを上目遣いに睨み抜いた。
さすがに色仕掛けは通じないんじゃ……。
「ピンク頭にナルミって、鳴海 清司!? う、うわあああ!」
「“北中の桃侍”!? なんでこんなとこにいるんだよ!」
「逃げろおおお! 斬られるううう!」
効果は抜群だった。
真っ青になったヤンキーが文字通り尻尾を巻いて逃げていく。あ、アミを捕まえてたやつコケた。ざまあみろ天誅。
ていうか桃侍って誰。AVかよ。
「雪村妹!」
幸いアミは押されたりせず、ぽかんと立っていた。
「あ……元地先輩」
「すまない。こちらから迎えに行くべきだった。怖かっただろう」
「だ、だいじょぶです……ありがとうございます」
若干頬を赤らめたアミは、袋を大事そうに抱えなおした。
いいところで申し訳ないけど除菌ね。
アミの肩と手首を軽く拭く。ハンカチ持ってきておいてよかった。仕上げにぎゅー。
よし。
「続きをどうぞ」
「江西、雪村兄が取り憑いてるのか?」
「なにその暴言」
失礼しちゃうな。あんな病気じゃない。
「あの……ありがとうございました。なっちゃんも鳴海先輩も」
アミが律儀に頭を下げた。
なっちゃんがマジギレしたらあの人たち死んでいました、って私そんなに怒ったことあったっけ。まあいいや。
「鳴海、あんたAV出てたの?」
「ぶっへふう!」
アイドルが珍しく噎せた。普段は散々人の呼吸乱してるくせに。
「なんの話!?」
「桃侍」
「中学の時のあだ名だから! 芸名じゃないから!」
「あんたいじめられてたの?」
「違うよ! 千里も何とか言って!」
「……いじめてた方だぞ」
鳴海が腕まくりをした。
即行で冗談だ、と付け足した元地君が続ける。
「こう見えて、鳴海はうちの中学で一番喧嘩が強かったからな。他校からも助っ人の依頼で引っ張りだこだった」
さらっと言ったけど振り幅がブンブンでついていけない。元地君より強いってどうしたのこいつ。
「そういえば、前はそこまで小綺麗にしていなかったよな」
「んー……イメチェン?」
ツッコみきれないけど、とりあえず昔から男をはべらせていたんだな。この魔性ピンク。
□■□
「私は戻るけど、元地君帰りよろしく。一人にするといつもこうだから」
「ああ。心得た」
江西と鳴海を見送り、雪村妹へ向き直った。
「そういえば、俺に渡したい物とは?」
「えっと……あ、そのあの、えとっ」
頬はうっすらと赤く、兄に似た切れ長の瞳が潤んでいる。
庇護欲と嗜虐欲を同時につついてくる顔で、江西が壊れ気味になるのも頷けた。一人にしない方がいいな。
「この前、あっ、ありがとうございました! よかったら使ってください!」
俺に勢いよく袋を押し付け、妹はそのまま走り去ろうとしたが。
「待て。帰りを任されているから家まで送る。
……大丈夫か?」
折れそうな手首を掴み、引きとめられれば充分だったのですぐ力を緩める。俺の掌をなぞって雪村妹の手がするりと抜けた。
「だ、だいじょ、だいじょで……!」
振り返った銀髪は茹で蛸のように真っ赤で、金色の瞳は今にも涙を溢しそうになっていた。
駄目だな。
しかもさっきから人々の視線が痛い。
道端で強面の野郎(自覚はある)が可憐な少女(撫子様とは別系統だな)を泣かせているように見える。
喫茶店の看板が目に入った。
「落ち着け。時間があるなら茶でもしていくか?」
雪村妹から、ぱああっという音が聞こえてきそうだった。
「ぜ、ぜひ!」
そんなにこの店に行きたかったのか。提案してみるものだな。
ちなみに袋の中身はタオルとクッキーだった。
タオルは使いやすそうでセンスも良いし、菓子がこれだけ美味いなら料理も出来るのだろう。
彼女と付き合う男は幸せだな。