シスコン荒ぶる
「雪村先輩、あの、これよかったら……!」
「愛くーん! 遊びに来ちゃったー」
「あ、そこの君。愛くん呼んでもらえる?」
「時雨姐さん! 先日は御世話になりやした!」
「ちわっす、我妻主将!」
「時雨せんぱーい! きゃあ、手振ってもらえたあ!」
学園の二大王子(一人は乙女)が揃っているだけあって、うちのクラスは学年を問わず客が多い。特に昼休み。
愛士は派手なお姉さまから清楚系の後輩まで幅広く。
時雨は学年男女問わず来る、っていうか息してるかな。真横であんなもん見せられて自分もファンを捌かなきゃいけないなんて……。あとでいちごミルク買ってあげよう。
「今日もモテモテだねー」
「あんたが言えたことじゃないでしょ」
大量のガチムキを侍らす姫が何を言う。遠くから見守っている親衛隊は今日も暑苦しい。視界に入るんじゃねえよ。
鳴海はしゃあしゃあと秦さんの席からこっちを向いてパンを頬張っていた。当たり前な顔してお昼一緒に食べるんだよね。
「お弁当って夏がつくってるの?」
「あー……こっからここまで冷食」
「うそ!? 見えない!」
「でしょ。卵焼きは気が向いたらつくってる」
「ふーん」
綺麗にカールした睫毛が少し伏せられる。そしてちらっと緑の瞳が私を見上げた。
「……どれ食べたいの」
「卵焼き!」
「はいはい。箸これしかないから後ろ使って」
「あーんしてくれないの?」
「調子乗んな」
鳴海のおねだりに小柴が震えていた。視界に入るんじゃねえっつってんだろあとで殴る。
「撫子様あああ!」
そういえばナチュラルに元地君も来るから、二組の人口密度と体感温度は非常に高い。
元地君の髪は爽やかな水色だけど、なんだろうこの修造感。
「江西、撫子様は?」
「三宝院さんは購買だよ。プリン買いに行った」
お供は早弁したにも関わらずまだ足りないとほざく猿。これは黙っていよう。
「そうか。少し待たせてくれ」
元地君は空いていた愛士の席へ普通に座った。本当にうちのクラスに馴染んでいるな。
「千里、その……お重みたいなの、なに?」
ナイス鳴海。私も気になっていた。そんなのお花見でしか見たことないよ。
漆っていうのかな、つやつやブラックな箱を元地君は大事そうに抱えていた。
「撫子様の昼食を執事の方からお預かりした」
「それが弁当だと」
「執事さんと仲良しなんだね」
どこから突っ込めばいいんだろう。
とりあえず体温移るよ、と言うと元地君は素直にそれを三宝院さんの机に置いた。
積み上がった五段の重箱は彼の座高と同じくらいだ。壁か。
その時、すぐ後ろのドアから女の子が顔を出した。
「な、なっちゃん、じゃなかった、夏さん……」
まだ傷んでいないローファー。短すぎないスカートと紺色のハイソに挟まれた、真っ白な膝。ワイシャツは一番上まで留められ、不安気に胸元で組まれた両手は小さい。
さらさらセミロングの銀色と、キリッとした金の瞳は兄貴そっくりだ。でも愛の狂戦士と違ってシャイな彼女は、すでに頬がうっすらと赤い。違う学年の階だから緊張しているのかな。クールな顔立ちとのギャップがたまらない。あれ、なんか気持ち悪いこと言ってる?
とりあえず構い倒したくなるその子は、雪村 愛美(あみ)。愛士の妹だった。
「アミ、久しぶり! なっちゃんでいいのに」
「だ、だめだよ。先輩だもん」
「お姉ちゃんって呼べばわかんないって。ていうか愛士でしょ? 入っていいよ」
「う、うん、お邪魔します。お兄ちゃんお弁当わす、れ……」
アミが元地君を見て凍った。
しまった。
重箱で見えてなかったみたいだけど、この美少女は人見知りだ。こんな強面オールバックとか論外。髪降ろせばかっこいいと個人的に思うけど。あれ、関係無い?
「悪い、すぐ退く。別にとって食ったりしないから安心しろ」
元地君は顔が怖い自覚があったらしい。今にも泣きそうなアミに慌てて席を立ってくれた。愛士よりも背が高いし体格もいいから逆効果だけど。
「ふ、ひぇ……すみませ……っ!」
元地君は教室の後ろで待機していようとしたみたい。そのためにはアミとすれ違う必要があるけど、近づくと露骨に怯えられて彼もおろおろして……なんか赤ちゃんにテンパる新米パパみたいだな。
「アミ、おいで。元地君は良い人だから大丈夫だよ」
赤面症も持ってる彼女のためにお姉さんがぎゅーしてあげよう。別に下心とかないよ。
小松菜の胡麻和えを口に放り込んだところで、けたたましい音が一発。
私より先にアミを抱き寄せたけしからん奴がいた。
「……うちの妹になにか用? 元地」
けしからんもなにも、登場したのは実のお兄様だった。
元ヤンも真っ青な笑顔で机に足をかけている。音の正体は愛士が威嚇で机を蹴ったものだった。
こいつ、昔からアミが関わるとこうなんだよな。私が仲裁するのもいつものこと。
「愛士にお弁当届けに来たんだって」
「そうなの? アミちゃん」
「あ、うん……」
目からビームでも出しそうだった般若が、一瞬のうちにでれっとした。変わり身が速過ぎて気持ち悪い。
「知らない人ばっかりで怖かったよね。ありがとう」
愛士はブルーの布巾に包まれたお弁当を受け取った。そこまではいい。
公衆の面前で実の妹を思いっきり抱き締めてちゅーするか? ほっぺだし口じゃないからセーフ? 王子だから? いやいやいや。
「恥ずかしいからしないでってば……!」
真っ赤になったアミが愛士を押し返した。そうだよね。顔が良すぎるから様になってるけど、普通(以下)のリアクションだし私だったらアッパー決めてるわ。
珍しく妹に怒られた愛士は捨てられた子犬のようになった。デジャヴ。
「アミちゃん……お兄ちゃんのこと嫌い?」
「そ、そうじゃ、なくて……お、お家ならいいから」
甘やかすな。
ああ、でも無理か。アミが言い出さなかったからって、こいつらいつまで一緒に風呂入ってたんだっけ……。脳が拒否して思い出せない。
見慣れてる私はともかく、初見の鳴海と元地君が固まっていた。
「雪村……俺が言うのも難だが気持ち悪いぞ」
「ぶっへふぅ!」
「夏!? 大丈夫!?」
噎せた。胡麻和えが変なとこに入った。
ストーカーに言われてるよシスコン……! ていうか自覚あったんだ……!
「は?」
急に温度が下がった気がする。十年に一回くらいしか聞かない、愛士の絶対零度ボイス。
般若モードが再来した。
「うちの妹は愛されて美しいって名前の通り誰がどう見ても美少女だし照れ屋で可愛いから変な男が寄って来たりしつこく絡まれたりとかザラなわけそれに加えて人見知りだからヤンキーとか犯罪者面の大男とかに怯えちゃうしあんまり性格の良くない女の子から妬まれたりもするから、
保護者として当然のことをしてるだけだよ」
愛士、さり気なく元地君をディスったな。鳴海も顔が引きつってる。珍しい。
「おーい愛、客が来てるぞ」
ナイスタイミングで、知的さの欠片も無い眼鏡が戻って来た。
耕太郎が指差した先に数人の派手な女子がいた。多分だけど三年生。
「……今行く。夏ちゃん、アミちゃんをちょっとお願い」
元地君を横目に牽制しながら愛士は廊下に出て行った。そんな神経質にならなくても元地君は三宝院さんしか見えてないって。ほら早速。
「撫子様! お会いしとうございました。こちら、お預かりした昼食です」
「あらあら、爺ったらお手を煩わせて……」
「とんでもございません。大役をお任せ頂き身に余る光栄です」
元地君がうっとりしてる。もしかして彼がいなかったら爺って人が届けに来たのか。
「三宝院さんの弁当豪華っスね。
つーかアミ、どうしたんだ? なんか連絡?」
重箱を豪華の一言で片付けた猿がアミの銀髪をわしゃわしゃと撫でた。
耕太郎は雪村兄妹と同じサッカー部で、仲も良いからこんな所業が許されている。もちろんアミはマネージャーだ。ちょっとくすぐったそうにはにかんでいて可愛い。
「お兄ちゃんがお弁当忘れて……もう渡したんですけど」
「ああなるほどね。
っと、ちょうどよかった。マネージャー希望の三宝院さん。今日見学来るから頼むわ」
「あ、はい……えっと、一年二組の雪村 愛美です」
「愛美さんですね。
三宝院 撫子と申します。愛士さんにはお世話になっておりますわ」
お辞儀し合う金と銀の美少女の後ろで、今度はストーカーが般若ってた。
忙しいなこいつら。
元地君は耕太郎の胸倉を掴むと、あっという間に掃除用具入れに押し付けた。瞬間移動か。
「おいメガネ猿……撫子様がマネージャーとはどういうことだ? 高貴なお方に貴様等の汗臭い面倒を見させるというのか? 言い訳なら聞いてやるが場合によっては遺言になるからよく考えてから話せ」
「三宝院さんがやりたいって言い出したんだよ! つーかお前近いし顔がヤベえよ!」
よろよろと数歩下がった元地君は水色の頭を抱えた。なんか見たことあるなこの茶番。
「撫子様……何故そのようなことを……!」
痣が出来る勢いでひざまづいた彼は、三宝院さんの両手を恭しくとった。アミは目が点になっている。さっきまでまともな人だったけどこれが本性だよ。
毎回このテンションで絡まれても、三宝院さんは聖女の微笑みを浮かべていた。
「わたくし、こんな育ちですから人に与えられてばかりでしたの。誰かのお役に立てることがどれだけ素晴らしいか、この歳になって知りましたわ。
きっかけは千里さんでしたのよ」
「撫子様……」
「部員の皆様のために活動するなんて、素敵だと思いません?」
心から楽しみにしている。少し首を傾けた女神の笑顔にそう書いてあった。
元地君はそっと彼女の手を離して静かに立ち上がった。
「僭越ながら……そのお気持ち、わかります」
荒れていたとは思えない程、元地君は穏やかに笑った。
お互いが変わるきっかけだったんだろうな。茶番の中でその言葉だけは重みを持っていた。
元地君はくるっとアミの方を向いた。
「では雪村妹、俺もマネージャーを希望する」
「あ、はい」
「いやいやいや、ちょっと待て」
耕太郎が眼鏡をかちゃかちゃ上げていた。これもデジャヴだなあ。
「お前どう考えても選手だろ? キーパーの層が薄いからそっちで入ってくれよ!」
「ぬかせ! ボールなどぶつける以外に触れたことはない!」
校内大会のドッヂとかで重宝されてたのかな。運動神経良さそうだし。
「えっと、とりあえず見学にはいらっしゃるんですよね」
アミはもう慣れたらしく動揺していなかった。一連の流れで、元地君と愛士のトチ狂い方が似ていると思ったのは私だけじゃなかったらしい。
「ああ。部室に行けばいいか?」
「お願いします。
……あと……その、兄がすみませんでした」
さらに彼女は律儀に頭を下げた。完全に愛士の病気(シスコン)が悪いのに、よく出来た子だと思う。
「大事にされているのはいいことだ。気にするな」
元地君は彼女の頭をぽんぽんと優しく撫でた。苦労しているな、みたいな顔だった。
あ、ヤバい。
「元地君」
やっぱりシスコン王子には許されざる事態だったらしく、殺意の君付け。いつの間にか帰って来た愛士は、メーターが振り切れた真っ黒い笑顔だった。狂戦士はネクタイを少し緩めながら言った。
「君は喧嘩慣れしているかもしれないけど、体系的な武術もいい勝負が出来ると思うんだ」
元ヤンに顎で「表出ろ」とか言えるのすごいな。
時雨、愛士、私の三人は小さい頃から同じ空手道場に通っていた。続けているのは時雨だけになったけれど。
更生したからか、三宝院さんの手前だからか元地君は明らかに困っていた。鳴海も「ちょ、愛くん落ち着いて」とか焦っている。
まあいつものことだから大丈夫。
「け、けんかしちゃだめ……」
愛士の制服の裾を小さな手が掴んだ。
世界一可愛い妹に不安そうな涙目で見上げられたら、マジギレ王子もイチコロなわけで。
「うん、しないよ。心配かけてごめんね」
あっさり通常運転に戻ったシスコンは、懲りずにアミを思いっきり抱き締めた。こいつ本当にちょろいなー。
アミがぼそっと「なっちゃんより弱かったのになに言ってるの……」とか呟いていたのは聞こえなかったらしい。私も覚え無いんだけど。まあいいや。
茶番を好き放題繰り広げた愛士は、上機嫌にアミを教室まで送って行った。元地君は今度こそ全力で引いていた。
妹はきちんと会釈していたのに。見習えアホ兄。
「なんて言うか、愛くんの新しい一面を見ちゃった気がする……」
「いつものことだよ」
教室中が呆気にとられ、鳴海もぽかんとしていた。この魔性ピンクはそれですら絵になっている。
無事に嵐も去ったことだしお昼を再開しよう。
……あ、忘れてた。
行儀が悪いけど、箸でぶっ刺した卵焼きを鳴海の口に押し込んだ。
「!?」
私が使ってた方でやっちゃったけど、まあいいや鳴海だし。
「どうよ」
「お、おいひいれふ…………」
飲み込みもしないで答えたピンク頭が、そのまま机に突っ伏した。
変な奴。
(ん?)
足に当たって初めて、机に紙袋がかけられていることに気が付いた。こんなの持って来たっけ。
中には、無いなと思いつつ大して探していなかった漫画が数冊と、一言だけのメモ。
『ありがとう』
やや角張ったお手本のような文字。
見ただけで誰からかわかるなんて、今はもう、癪なだけだ。