シスコン家でゲーム大会
いつも、一番欲しいものは手に入らなかった。
「夏と香音ってマジで仲良いな」
「もう付き合っちゃえばー?」
あの時、僕はちゃんと笑えていたかな。
□■□
「愛か。おかえり」
「あら! 夏ちゃん時雨ちゃんもいらっしゃい!」
不定期恒例ゲーム大会のために雪村家へ集合したら、パパさんがお出かけするところだった。
「お邪魔します」
「おじさんもいってらっしゃい」
「ああ。じゃあいってくる」
そそくさと出ようとしたパパさんは、袖を引っ張られて本当に「うっ」と唸った。タイミング悪くてすいません。
「涼くん……?」
ママさんに上目遣いで見つめられ、パパさんの顔がものすごく渋くなる。表情筋が葛藤してる。
「豊華、帰ってきてからでいいだろう」
「……」
「……」
膠着状態をガン無視でぶち破ったのはお二人の長男だった。
「パパ、今日が遅番なんだっけ? いってらっしゃい」
ちゅ。
もちろん頬ですさすがに。この習慣に、パパさんは結婚して二十年ちかく経つのに慣れないらしい。私の方が慣れた。
「二人とも先に部屋上がってて。オレンジジュースでいい?」
「ありがと。お先です」
愛はキッチンへ、私とちょっと顔が赤い時雨は二階へ。
玄関に残ったのは雪村夫妻。
「……あいつらに何か美味いもの出してやれよ」
初めて見たキスシーンって、あの二人のだったなあ。
□■□
「なんで愛も夏も平然としてるんだよ……あたしがおかしいのか?」
「時雨が普通だよ」
私は見慣れちゃった感があるだけかと。
パパさんも人前(子どもの前)は恥ずかしいって言ってたし、アミは性格がお父さん似だから同じリアクションだろう。
「二人きりだともうちょっとイチャイチャしてるみたいだよ?」
愛士がオレンジジュースを持ってきてくれた。うん、そこ聞いてない。
こいつの性格を百億倍濃くすると、強引ぐマイウェイなママさんになるらしい。ちなみに、いってきますのちゅー習慣は豊華法に規定されているとかなんとか。
「今日どれやりたい?」
「マ○カ」
「ぷ○ぷよ」
「じゃあでスマ○ラで一位だった人がやりたいやつからね」
「お前がやりたいだけだろ」
きらめく銀髪王子もこの辺は普通の高校生だ。
「あ」
スマ○ラだとたいてい私は即死する。知らないうちに足場が無くなっているんだよね。
そして愛士と時雨の一騎打ちになるのがいつものパターン(NPCはすでに時雨が始末している)。
「任せろ夏! 仇はとる!」
「僕、なにもしてないけどね」
ちなみに私が使っていたのは二足歩行の狐で、時雨は道着のおっさん、愛士はピンクの歌うやつである。
「お兄ちゃん、あの……あ、なっちゃん、時雨ちゃん」
「アミ!」
控えめなノックの後に控えめに顔を覗かせたのはアミだった。
お邪魔しちゃってごめんなさい、と揺れた銀髪は珍しく編み込まれていた。かわいい。
「どしたの?」
「ううん、ちょっと出かけてくるから……」
よく見るとアミは私服で、膝丈の上品な青いワンピースだった。小さな紙袋を大事そうに抱えている。
ほんのり化粧もしているみたいだけど、それ以前にちょっと頬が赤い。
「なになにデート?」
「ち、ちがうよ……! ただ、その、元地先輩に……」
「ああああバカ愛士いいいい」
アホ兄貴に聞こえないよう、できるだけぼそっと言ったのに。
「誰に呼び出されたって? 何で? わざわざ学校の外でそんなかわいい格好して会うの? いい度胸だねさすがヤンキー喧嘩のしすぎで頭軽くなっちゃったのかな?」
画面の中では一位をもぎ取ったピンクの球体が跳ね回り、時雨を瞬殺した愛士がコントローラーを放ってこっちへ来た。
元地君が関わっているからか、いつもより剣幕が気持ち悪い。
「私が一緒ならいいでしょ(途中で帰ってくるけど)」
いくら王子でも人の恋路は邪魔できないのさ。っていうかいい加減に妹離れしろ。
「じゃあ僕も--「喧嘩するからダメ。アミ、行くよ! 時雨、そこの病人(シスコン)よろしく!」
当惑する美少女の手を引き階段を駆け下りた。ちっちゃくてスベスベだ!
□■□
夏はアミに関してやたら行動力がある。
……違うな。人の恋愛に関して、だ。
「あ、ちょっと時雨ちゃん、ひどっ」
先にゴールしてしまったあたしは、苦戦している横顔を盗み見た。愛はマ○カだけすごい下手で、逆走で一周とかやらかす。
いつも夏がいてくれたから、二人っきりは久しぶりだ。気休めだけど前髪をちょっと直した。
「やっと着いたー!」
そうこうしているうちに最下位が走りきったらしい。
あたしに勝てたらアミ達を追いかけていいって話だったんだけど、すっかり忘れてるなこりゃ。
「画面見すぎた……」
「倍はかかっていたからな」
目を抑えた愛は、後ろのクッションに背中からダイブした。
「ぷ○ぷよにしようよ……マ○カは勝ち目がなさ過ぎる」
「夏がやりたいって言ってたじゃん。戻ってきたらな」
「うーん……」
唸りながら愛は手のひらで額まで覆った。寝るのか。目疲れしやすいタイプだからな。
静かな部屋で画面だけが賑やかなままだった。
それをいいことに、その辺の漫画を取りつつ愛を見る。思っていたよりずっと広い胸がゆっくり上下していた。
(指、綺麗だなあ……手も大きいなあ)
普段はもっとデカイのをぶん投げているけど、それとこれとは話が別なんだよ!
言い訳するように、漫画をやたら掲げた時だった。
「……僕さ」
「お、おう?」
「夏ちゃんのこと、好きだったんだ」
聞き間違い、妄想、あたしが見てる夢。
どうにか否定したくてぐちゃぐちゃになった頭の中が、「これは現実だ」と答えを出して砂漠みたいに真っさらになる。
それから急に何かがせり上がって来て、喉の一番苦しいあたりで止まった。
「え……?」
辛うじて声は出たけど、打ち所が悪かった時みたいに目眩がしていた。
「今はもちろん違うよ。大切な幼馴染だ」
愛は目を覆ったまま続ける。
「夏ちゃんって人のことよく見てるし、あんまり態度変えないでしょ?
俺が欲しいものに気づいてくれるのは、いつも夏ちゃんだった。小さい頃はそれが嬉しくて、一番信じられる子だったんだ」
あたしが愛と知り合った時、もうすでに王子は完成していた。
優しく微笑んで、息をするように人を褒める。とっくに騒がれ慣れてるように見えていた。
だから気づかなかった。本当は、違ったんだ。
持て囃すことは純粋な好意だけじゃない。しかもそうするのは、だいたい遠巻きの人間だ。幼稚園児や小学生が初めから慣れているわけが、対応できるわけがない。
そして愛に似合うからと--本人にとって押し付けられるものは、愛が欲しいものじゃなかった。
誰かから送られた綺麗な服より、夏と選んだゲームやおもちゃの方を愛は喜んでいた。
あれだけ近くで見てきたのに。
「夏ちゃんのおかげで時雨ちゃんにも会えて、他の友達も増えて、毎日楽しかった。
気がついたのは、香音が付き合い始めてからだったんだけどね」
あたしは今まで何をしていたんだろう。
「……キツすぎじゃん。目の前でそんなことになってたら」
「うん。でもある日、あれ? って思ってさ」
愛は目を開け、両腕を天井へぐーっと伸ばした。
「アミちゃんほどじゃないけど多分、兄弟みたいに思っていたんだ。取られたくない! とかそんな子どもっぽい感じ。
あの二人がそんな風に変わるわけないのにさ」
今考えると笑っちゃうよね、と愛は腕をパタっと落とす。
「だから香音のことも普通に好きで、別れたって聞いた時……嬉しくなかった。
また付き合うかは置いておいて、早く仲直りしてほしい」
本当にな。それについては同感だから頷いた。
「付き合うって言えば……鳴海もいいやつだと思う。夏ちゃんが全然気づいてないけど」
まあ合格、なんてね。
前髪が乱れ額が全開の愛は、ニッと綺麗に並んだ歯を見せて笑っていた。
そういえば、クラスでこの顔はあまり見ない。
「急にこんなこと喋ってごめんね。時雨ちゃんに聞いて欲しかった」
中学の修学旅行だって、こいつはこんな風に転がったりしなかった。
「僕にとって、時雨ちゃんも家族だから」
好きになると、その人のことを考えて苦しくなったり、誰も知らない一面を見たかったり、特別になりたかったりする。
でも、あたしは最初から全部持っていたじゃないか。
こいつは誰よりもあたしを信じてくれてたじゃないか。
「……たりめーよ!」
あたしは出来る限り豪快に笑った。
愛、好きだよ。