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なるみん

「夏祭り行こうよ!」
「名前とかけてんの? 夏だけにってか?」
「えっ、そこまで考えてなかった」

 腹抱えて笑ってても学園のアイドルは目立つ。ラッシュの購買なんて余計に。早く教室戻りたい。

「こないだも鳴海と出かけた気がする……あんた友達いないの?」
「いるけど夏と行きたいのっ。浴衣着ようよ!」
「似合うのが明らかで腹立つ」
「えっへへー。何色にしよっかなー」

 デザート選びに迷ってる女子か。
 荒い呼吸が聞こえた気がしたけど空耳かな。小柴っぽい肉ダルマが見えた気もしたけど幻覚かな。あとで殴る。

「持ってないの?」
「うん。夏は?」
「クローゼットの奥で安らかに眠ってる」
「起こしてあげて。でもちょっと意外。着付けとか面倒くさがりそうだから」
「あー……教わったから一応できるよ」
「すごーい! 着せて!」
「自分でやれ」

 視界の端で、謎のダメージを食らった小柴がよろついた。それを他の肉団子が支えている。暑苦しい。

「危ないよ、夏」
「! すいませ……ん」

 びっくりした。
 鳴海にさらっと腕を引かれ、ぶつかりそうになっていたのかな、くらいの気持ちで普通に振り向いた。

「…………ごめんね」

 見上げるほど高い場所で揺れる、紫の眠そうな瞳。首が疲れるから座れとか、そっちが伸びろとか、他愛もない話を思い出した。
 香音が目線を落とした先では、私と鳴海の手が重なっていた。
 別にもう関係ないけれど、私がパっと離したのと彼が背を向けたのはほぼ同時。

「……知り合い?」

 香音が人混みに吸い込まれていくと、少し間を置いた鳴海の声はいつもより小さく−−“知り合い”だなんて微塵も思ってもいなかった。
 本当、こういう時ばっかり勘がいいんだ。

「元カレ。ちょっと気まずいだけ」

 それを最後に、鳴海も私も黙っていた。沈黙がこんなに気になるなんて初めてだ。
 無言で買い物を済まして購買を出る。
 あの、とか考え無しに出た声へ、テノールが被った。

「夏が話したくないならいいから」

 ね? と鳴海にしては珍しく、頭をくしゃっと撫でてきた。

(…………いや。別に聞いてほしくは)


 □■□


「夏が話したくないならいいから」

 なーんて。性格悪いなあ、俺。
 

 卒業が近づく季節。購買が閉まっていたから仕方なく、離れにある自販機まで来たのに。

「香音となにかあったの?」

 重そうな話をしているのが声色だけでもわかった。立ち聞きとか趣味じゃないんだけどーこんなとこで語るなよー。
 ちょっとだけ覗き見れば、ベンチに男女が二人。
 学園で大騒ぎされている王子こと雪村くんと……誰だっけあの子。肩にかかる綺麗な黒髪。ぼうっと宙を眺める青い瞳。

「多分、別れた」
「え!?」

 思い出した。たしか同じクラスの江西さんだ。

「付き合い始めも友達の延長みたいな感じだったから、合わせてくれてたのかもなあって」
「そうは見えなかったよ。ちゃんと香音も夏を--」

 俺に背を向けている雪村くんの声は、最後の方が聞き取れなかった。

「謎なんだけど、付き合ってから急に距離ができちゃったんだよね。元から無口なタイプだけど、全然喋らなくなっちゃって」

 江西さんは前を向いたまま少し困ったように笑って続けた。

「仲良い方だと思ってたし、そういうとこもわかってるつもり、だった。
 けど、最後に会った時もなにも言わなくて、そこから口きいてない。
 ……今は友達未満」

 俺はもちろん、雪村くんも黙っていた。かける言葉がないってこういう事なんだ。
 彼女は普段からどこか遠くを眺めているようだった。その達観とぼんやりの間くらいの眼差しが、誰かのために潤んでいる。
 あんな顔するんだ。
 無意識に俺は息を潜めていた。まばたきも出来なかった。

「香音は、どうしたかったのかな」

 ぽそりと呟いた彼女は、それでも泣きはしなかった。


 □■□


(まだ解決してなかったんだ)

 隣で、あの時よりずっと近くなった黒髪が揺れている。
 俺がこんなに見つめているのに全然気が付かない。

(梅宮くんがモロに原因っていうわけじゃないだろうけど。
 そろそろこっち向いてほしいよねえ)

 一肌脱いじゃう、俺?

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