ぐいぐいお嬢様
「あのっ! ずっと好きでした! 付き合ってください!」
「え、えと、わ、わたし……」
□■□
掃除の時間も終了に近づき、俺は校舎裏へゴミ捨てに来ていた。身を清めてから撫子様の元へ参らねば。
「ん? 雪村妹?」
「ひっ……あ……も、元地せんぱ、い」
うずくまっている女子がいると思ったら、マネージャーの師である雪村妹だった。
「おい、どうした!? 何があった!」
よく見たら小さく震え、ぽろぽろと涙を零している。
ゴミ袋を放り投げ膝をつく。目立った外傷も服の乱れも無い。それは幸いだが何事だ。
「な、なんでもな、です。ごめ、んなさい」
雪村妹は、しゃくりあげながら必死で泣き顔を擦っていた。
「……なんでもなくは無いだろう。俺に言えないならば、せめてお前の兄には話せ」
途端に彼女は大きく首を横に振った。
「だめっ! お、お兄ちゃんは、ぜった、だめなんです!」
「何故だ?」
「殴り込み、行っちゃうんです……」
兄の暴挙を思い出したのか、雪村妹は少し落ち着きを取り戻したようだった。
「それはそいつが相応のことをしでかしたんだろう。殴らせておけ」
むしろこんな状態で抱え込ませられるか。
どうしたものか、彼女と親しい江西たちに連絡しておくべきか、などと考えていると。
「……こ」
「こ?」
「告白、されたんです」
しばし沈黙。
「……された? したではなく?」
「は、はい」
まあ兄が(頭の病気でも)あの人気ぶりで、中身がまともな実の妹が好かれないわけもないだろう。フラれるところも想像できないし、そんな男がいるなら見てみたい。そこはいい。
「どういうことだ。お前が泣く理由がサッパリだ」
自慢ではないが、俺は撫子様にお仕えする前からこういった話題には疎い。猿太郎にも劣る可能性がある。
「……す、好きになってくれたのに、応えられなくて……傷つけてしまって……ひくっ、う……」
金色の瞳をぎゅっと閉じ、雪村妹は俯いてしまった。
不本意だが、あのシスコンが心配する理由が少し理解できた気がする。
「それだけ真剣に考えられたなら、その男も本望だろう」
「せんぱい……?」
銀色の綺麗な髪をそっと撫でる。
あのメガネ猿の真似をするのは癪だが、たしかこうすると雪村妹は笑っていた。兄に見つかると殺されそうだが。
「俺だったら、惚れた女を泣かせてしまう方が心苦しい。笑っていてやれ」
な? と恐怖感を与えないようわずかに覗き込む。俺は怖くないぞと念じつつ、僭越ながら撫子様の慈愛の微笑みをイメージし口角を上げてみた。
しまった、余計に怖がらせるか?
「……は、はい」
擦りすぎたのか若干顔が赤くなっているものの、雪村妹は泣き止んでいた。内心息をつく。
うむ。たまには猿も使えるではないか。
□■□
校舎裏のゴミ捨て場が見える二階の渡り廊下にて。
「あら、見てください耕太郎さん。千里さんと愛美さんです」
「ほんとっスね、って泣かしてる!? なにしてんだあいつ!?」
「そんな方ではないと思うのですが……ほら、愛美さん笑ってらっしゃいます」
「あいつすげえな。アミは泣き止むまで結構時間かかるんスよ」
純粋に感嘆する耕太郎の横顔を、撫子は見上げた。
「愛美さんが羨ましいですわ」
「え? ああ……元地っスか?」
落ち込みを隠した声は、彼女の期待の眼差しに気づかない。
「千里さんにされたいというわけではありません。
先日、耕太郎さんが愛美さんに同じことなさっていたでしょう?」
「やりましたっけ?」
本気で覚えていない耕太郎はそこでようやく撫子の方を向いた。
「ええ。わたくし、愛美さんがとっても羨ましかったんですの」
上目遣いのアーモンドアイと、差し出すようにやや傾けられた艶めく金糸。
猿でもわかる彼女の“声”に、耕太郎は真っ赤に茹で上がった。
「……こ、こういうのは愛の担当っスよ」
おそるおそる乗せられた暖かい手が、ぎこちなく髪を滑る。
恥ずかしさから明後日の方を向いた耕太郎は、満足げな天使の微笑みを見逃した挙句、階下の元地と目が合ってしまった。