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おやおや?

「おい、雪村先輩どうしたんだ。笑ってるけどめっちゃ怖い」
「なんかマネージャーの彼氏と決闘があるって」
「部活来る前にヤンキーをシメて来たって聞いたぞ」

「……一年、元気そうだね。もっと走る?」
「ひぃ!」


 □■□


(珍しい……)

 もちろんそんな職権乱用は新部長がさせない。
 耕太郎が愛の背中を軽く叩いた。

「ヤツアタリすんなっつーの。
 次パス練なー! 今日は愛の機嫌悪いから気をつけろよー!」
「うぃーっす!」

 メガネ猿とかいじられるけど、面倒見もいいし裏表が無い。耕太郎はなんだかんだ一番主将に向いているんじゃないかな。

「香音、組もうぜ。後でオレと愛が代わるからもう一周してくれ」
「ん」

 俺は耕太郎と一緒にグラウンド端の列に並んだ。
 今日のパス出し係は愛か……荒れるかな。ていうかもう荒れてた。一年にそれは無茶振りだよ。

「お前はなんか機嫌いいな。ノロケかあ香音?」

 確かに今日は面白いことがあった。
 耕太郎のこういうところ、すごいと思う。俺、わりと能面って言われるんだけどなあ。

「……友達増えた。二組のちっちゃい……オレンジ色の髪の子」
「あー秦さんか」
「そんな名前。……夏とは別れたよ、多分」
「ハアアアアアア!? 聞いてねえ! つーか多分ってなんだ!」

 そりゃ言ってないから……。
 試合中レベルで声張るから、後輩や愛までびっくりしちゃってる。
 ごめんね、大したことじゃないよ。

「わかんない……自然消滅だから」
「マジかよ。お前ら 結構長くなかったか?」
「んー…………そうだね」

 理由を聞かないあたり、耕太郎は楽だと思った。
 俺もどうしてかよくわかんないし。

「つーかそういうのは早く言え」
「え?」
「お前のことだからまた一人で考えて終わりにしただろ。
 んな顔するなら相談しろよ」

 地雷踏んだのはオレだけど、なんて耕太郎は罰が悪そうだった。

(…………気にしなくていいのに)

 ほんとに優しいなあ。


 重力に逆らわずに座り、思いっきり上を向いてドリンクを流し込む。やっと休憩なのに、いい天気過ぎて暑い。
 雲一つない空に、男から見てもかっこいい銀髪が逆さまに入り込んだ。

「ねえ香音、さっきどうしたの? 耕太郎が雄叫び上げてたけど」

 散々一年生を翻弄した(いい練習になっただろうけど)愛は、少し機嫌が直っていた。

「夏と別れたって……知らなかったみたい」

 ボトルを口から離して答える。
 愛は目を丸くした後、俺の隣にしゃがんだ。すっとした横顔はどこかを見詰めているようだった。

「ごめん、僕は本人から聞いちゃった」

 “本人”のうち俺じゃないなら、当たり前だけど彼女しかいない。
 付き合う前から仲良かったのは知っていた。そもそも最初は愛の幼馴染みっていう認識だったし。
 ……愛には何か話したのかな。
 ああでもやめよう。迷惑になる。

「気にしないで……春休み前くらいのことだし」

 愛のきりっとした目が、なんとなくさらに尖った気がした。

「――香音、僕は」
「雪村! タオル!」

 新しい男のマネージャーが愛に真っ白なタオルを差し出していた。
 見学なのに早速働いてくれている彼は、たしか元地君だったと思う。さっき俺にもくれたけど、真面目でいい人そう。雰囲気が耕太郎と似てるからかな。
 珍しく、愛が自分から近づいて話しかけていた。

「今どう見ても取り込み中だよね喧嘩しすぎのヤンキーは頭悪くなっちゃって空気も読めないの」
「は!?」
「あとさっきからアミちゃんのまわりうろうろしてるみたいだけど間違っても二人きりになって手なんか出そうものなら僕が物理的に手を出すからね」
「落ち着けシスコン! 仕事くらいまともにさせろ!」

 愛が人の胸倉掴むとかほんとに珍しい。仲良いんだなあ。
 何気なく校舎の方を見ると、昇降口から小さい橙色が出てきた。ぴょこぴょこしてるからすぐわかる。本日のおもしろMVPを飾る彼女は、運良くこっちに気付いてくれた。
 メインの鞄より重そうな手提げには何が入っているんだろう。教えてくれるかな。そういえばあのアニメ、今日の夜やるんだった。
 ただ見ていると変態みたいだから、とりあえず軽く手を振る。

 じゃあね

 俺の口パクがわかりにくかったのか、秦さんはしばらく突っ立っていた。その後すごい勢いで頭を下げて、猛ダッシュで校門の向こうに消えた。
 用事でも思い出したのかな。


 □■□


 今日は散々でございました……三次元男子に待ち受けを見られるわ教室で痴女疑惑をかけられるわ。
 それがしが必死に培った世を忍ぶ仮の姿どころか、普通に学生生活が脅かされた一日でした。
 本気で焦った。
 しかしこのような試練を乗り越えてこそ真の侍と言えましょう!
 今宵は件のアニメ放映日! この程度の逆境などに屈してる暇はないのです!

(視線を感じる……!? 殺気か……!? いやいや現代においてはさすがに)

 何気なくグラウンドの方を見ると、部活で青春の汗を流す集団の中にあの能面が。サッカー部だったのですね、てっきりバスケ部かと。ええ、身長的にです。偏見です。
 ちなみにそれがしは、手芸部っぽいと言われた次の日に針で手をぶっ刺して登校したことがあります。それがしが衣装提供していたレイヤーに迷惑をかけるわけにいかないので、全霊をこめた不器用アピールです。言った本人は翌日ケロッと忘れていましたが。

(もしやガンを飛ばされているのか!?
 それか、『秘密をバラされたくなければスポドリ買って来い』という無言のパシリ!? いくらなんでもテレパシー前提は非人道的すぎる……!)

 ビビるそれがしの目に、それは随分とゆっくり映りました。
 正に、花が綻ぶとはこの事。能面だなんてとんでもない。
 梅宮殿はふんわりと笑い軽く手を振りました。二次元でも見たことのない、儚げな尊い微笑み。
 それが自分に向けられていると気付いた時、それがしは走り出していました。
 辛うじて会釈を返せましたが。バクバクと主張する心臓や高熱の頬は全力ダッシュのせいですやかましい。

(たったあれだけで単純な! 気のせいに決まっている!)

 手提げに詰まっているのは切なく甘酸っぱいと評判の学園系。
 せっかく借りたのに、とても読めそうにありません。

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