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第十四話


 拝啓、エクセランサ。
 ……間違いなく心配かけるから黙っておこう。


 僕と雅くんとペリドット副隊長は、駆けつけた国境警備隊と一緒に、残っていた賊も合わせて拘束した。そして彼らに見張りを頼んで、バリケードへ合流した。
「マックス!! オイラは怒っているぞ!!」
「ご、ごめんね……」
 ユマくんの大きな声が僕らを迎えた。自己申告の通りすごくお怒りだ。
「無傷のオイラが戻るべきなのにさっさと置いて行ったな!!
 矢に毒が塗られてたらどうするつもりだったんだ!!」
「確かにな。
 おい透明の。先に警備隊の医療班に診てもらえ」
「……ペリーさん!?」
 まっすぐ僕へ向かって来たユマくんは、たった今副隊長に気がついたらしい。
 アクアブレイドは国王直属だから知り合いなんだろう。
 ユマくんは慌てて言い直していた。
「じゃなかった、ペリドット副隊長、えっ!? なんで!?」
「雅たちの部隊長だ。俺は一応指導資格持ちだからなあ」
 つい、こっちの引率に入ってくれればよかったのに、と思ってしまった。国王直属部隊も緊張が凄まじいけど。


 僕と雅くんは医療班の処置室にいた。どちらかというとユマくんに押し込まれた。
 処置室は、無事だった西の建物一階に臨時でつくられた。一般の人とは分けられている。
 僕ら二人とも大幅に食らったカラーはなく、警備隊が回収してくれた矢からも毒は検出されなかった。
 簡単な処置で済んだので僕は椅子から立とうとした、その時。
「透明の」
「えっ、あ、はい!」
「そのままでいい。雅も構わねえよ」
 なぜかペリドット副隊長が処置室へやって来た。
 上官どころではないので座っていられない。
 けれどそんな僕らを止めて、ペリドット副隊長は言った。
「今回の戦い、上から少し見ていた。ドラクーン試験でのことも、あのチャランポランから話は聞いてる」
(国王をチャランポラン呼ばわり……)
「結果的にお手柄だし、今回の場合もあいつを一人にするわけにはいかねえから不問だ。
 だが、最初に聞いた時からどうも腑に落ちなくてな」
 あいつ、とはユマくんのことだ。
 ペリドット副隊長はそこで区切り、改めて僕を見やった。
 落ち窪んだ瞳は眼光鋭く、睨まれているようにすら感じられた。
「なにかを守って死ぬのは美談になるが、損失がデカすぎる。
 未来で何人守れた? 守られた奴はどうなる?
 這ってでも生き延びろよ。戦士だろ」
「は、はぁ……」
 もちろん僕だって死にたくて戦ってるわけではない。
 だけどその言葉が何を指しているのか、微妙にわからなかった。
 ペリドット副隊長が部屋の出入り口に目をやる。
「どうぞ。俺の話は終わった」
 振り返ると、僕がバリケードまで抱えていた男の子が、お母さんらしき人と一緒にいた。彼女は人質にされていた女性で、男の子は手に包帯を持っていた。
 お母さんが深々と頭を下げた。
「騎士団様、この度は私共の命を助けて頂き心からお礼申し上げます。
 どうしても息子が騎士団様に会うと言って聞かなくて……」
「あ、いえそんな」
 僕もつられて礼を返す。立とうとしたけれど今度はお母さんに止められ、中途半端に腰を浮かせた状態だった。
 そして男の子が僕へ包帯を差し出した。
「お兄ちゃん……ごめんなさい」
「え?」
「お兄ちゃんが痛いの、ぼくのせいだから」
 そこで初めて、僕はペリドット副隊長に言われたことを理解した。
 僕は包帯を受け取り、しゃがんで男の子に視線を合わせる。警備隊が準備してくれたから、本当は医療用品に不足はなかったのだけれど。
「……これは君のせいじゃないんだ。僕こそごめんね。怖い思いをさせちゃった」
 男の子は首を横に振り、涙が滲んだ目で宣言した。
「ぼく、騎士団入るから!」
「……!」
 思わずお母さんの顔を盗み見てしまった。
 やっぱり心配そうで、不安が隠しきれていなかった。
 僕の時も同じだったのかもしれない。
 だけど少年の目には固い決意がありありと輝いていた。子どもの夢、だなんて流せないほどに。
「……そっか」
 未来を応援したい、肯定したい、でも危険に飛び込ませたくなんてない。
 嘘ではないけれど複雑な感情が胸に渦巻いた。
 それが伝わってしまったのか、彼は苦いような、叱られたような顔になる。
 子どもは僕らが思うよりずっと聡いから、察されてしまったのかもしれない。
 僕は下の兄弟たちを思い出した。
 こういう時は経験上、取り繕う方が不誠実だ。
「……僕、戦うのが怖いんだ。
 だから君にそんな思いをしてほしくない。
 でも僕も君と同じ理由で騎士団に入ったから、気持ちはすごくわかる」
「?」
「僕も昔、騎士団に助けられたんだ。
 きっと助けてくれた人も、僕に戦ってほしくなかったと思うよ。
 だけど……何もできないなんて、嫌だよね」
 少年はこくこくと頷いた。
 彼の未来を思うと、混ざり合っていた感情が自然と言葉になっていった。
「まだまだ僕は未熟だし、下っ端もいいところだ。
 けど戦いが、怖いものが少しでも無くなるように頑張っておくから。
 もし騎士団で会えたら、助けてね」
「……うん!!」
 彼は輝くほどの笑顔になると、大きく手を振ってお母さんと部屋を出て行った。
 二人を見送ると、ペリドット副隊長が僕を横目に見た。
「少しでも戦争を無くすなんざ、随分と啖呵を切ったな」
「う……!」
「別にいい。心意気がねえ奴は何も出来ねえ。
 言ったからには、自分も助かるつもりで身体張れよ」
(わ、笑った……? いや、気のせいか……)
 そしてペリドット副隊長は雅くんに目を向ける。
「弟も似たようなタチがあるみてえだから、気ぃつけとけ」
「……はっ」
 座ったまま雅くんは深く頭を下げた。
 副隊長が、こちらに背を向けたまま手を振って処置室を出て行った。
 僕は小さく脱力する。
 決して、千景先生より全然全く威圧されていないし、とても良い人なんだと思う。
 それでも目上の存在に対して、無意識に肩の力が入っていたらしい。
 いつもよりも長めに息を吐いた僕は、ふと湧いた疑問で雅くんを見た。
「雅くん、お兄さんいたの?」
「………………貴様等の引率だ」
「!?!????」


 □■□


 処置室のある建物の庭は奇跡的に焼けなかった。若草色の緑が眩しいそこは、日常を奪われた村人達の憩いの場となっていた。
 ペリドットは窓越しに彼らの安寧を眺めながら、建物内を突っ切って裏口を出る。
 庭からはやや距離があり、大人一人分ほどの日除けがついていた。
 その陰へ溶けるように千景が佇んでいた。
 ペリドットは呆れたような声を出した。
「心配なら行きゃいいじゃねえか。ピンピンしてたけどよ」
「…………俺は勘当されている身なので」
 千景は庭へ目を向けたままだった。
 ペリドットも長身だが、今では少しだけ千景の方が高い。
 だが窺い知れるはずの顔は、背けられたことと魔女科の帽子のツバで見えなかった。
 ペリドットが小さくため息をつくと、反論するように千景が振り返った。
「だいたい貴方こそ、いつから居たんです?」
「お前が拷問始める前から」
「……人聞きの悪い」
「時間あったらもっとやってただろ」
「まさか。うっかり“手が滑って”しまいましたが、あれで出なければ何も知らないでしょう」
「いい性格になったなあ。
 昔は悪知恵の一つも働かなかったのに」
 感慨深く思い出を見つめるペリドットに、千景は「いつの話ですか」と心底嫌そうな顔をした。
 ペリドットはそれを笑って流す。そしてポケットから白いコイン状のものを取り出した。
「そういや連中から回収したヤツあるだろ」
「? ええ」
「俺も一部拾ってあるんだが、解析を任せてほしい。
 ……今、もらってもいいか?」
 彼が手を差し出す。
 言われるがまま、千景はローブから同じようなコインを複数取り出し、ペリドットの掌へ乗せた。
 その動きに一切の淀み、滞りは無かった。
「お願いします。貴方がするのは珍しいですね」
「よし。疑惑払拭だな」
 その言葉に千景は首を傾げ、年相応な、気の抜けた声をあげた。
「はい?」
「俺は今回、お前の監視役で入った」
 千景の嫌そうな顔が更新される。
「………………あの爺共ですか」
「お前も見ただろ。
 ワープ陣はお前が“救助用”に開発したものだ。描くのはそうでもねえが、理論がややこしくてお前以外はまともに使えない。試しに同盟国に教えてもお手上げだった。
 ところがどっこい。
 なぜか余所の連中が簡単に使っている。陣の使用には理論の理解が必須だが、んなこと知らねえゴロツキみたいなのまで使い手になっていた。
 盗まれた先で改造されたのか、あるいは」
「内通者が横流ししてるか」
 千景はペリドットの台詞の先を自ら言い、続けた。
「それで真っ先に俺が疑われたんですね」
「どちらかと言えばお前を犯人にしたかったんだろうけどな。今回、随分下調べしてから俺まで話を持ってきた」
「あの老害共が考えそうなことだ。
 むしろこれであいつら納得します?」
 ペリドットは手のコインを遊ばせて言った。
「お前が犯人なら、俺が解析するっていうのにあっさりしすぎだろ。
 自分の回収分にこの短時間で細工するのは難しい。仮に出来ても俺の分は手付かず。
 解析されたらその差で不利になる。
 渡した時点で無罪だろ。
 まあ本当にこっちで解析しねえと黙らせられないが」
「その数はかったるいんでやってください」
「お前……」
 しゃあしゃあと国のトップ部隊副隊長に仕事を押し付けた千景は、少し間をあけて口を開いた。
「……雅は、何故今回の任務に?」
「俺が呼んだ」
 千景の顔色が変わる。
「理由は」
「人質」
 ピリ、と空気が張り詰める。音が脅えて消え失せたようだった。
 千景は大きく息を吐き出すと、つい漏れ出た殺気をおさめた。
 マックスが居たら腰を抜かしただろう。
 ペリーはなんでもない顔で続けた。
「防衛任務としか言ってねえよ。
 それにお前が例え内通者だったとしても、雅だけは裏切らないだろ」
「…………どうでしょうね」
 沈黙が流れる。
 小鳥のさえずりと、心地良いそよ風が葉を揺らす音。
 それに反して、生温い沈黙に根負けした千景が苦々しさを隠さず吐き捨てた。
「チッ。いい性格だ」
 ペリーは吹き出した。


 □■□


 尋問は、捕らえた賊のリーダーが目を覚ましてから行うこととなった。
 騎士団と警備隊が交代で見張りをし、今はアーモンドと雅の番。
 賊を挟んで対角線上に立っている。
 アーモンドは心話術を雅へ飛ばした。暇潰しの雑談である。
『目潰し作戦やったの?』
『ああ。失敗したがな』
『えっ』
『読まれていたが、また助けられた』
『……そ。無事でよかった。
 あ、起きた』


 □■□


(……緊張してきた)
 僕はこっそり深呼吸をした。
 西側の建物から充分に離れている、広場だった場所。
 周囲に瓦礫が積み上がる中、賊が全員集められて捕縛陣をかけられていた。
 最初に戦った賊はリーダーだったらしいけど、心なしか他よりげっそりして見える。だけど不自然なくらい口を真横に引き結んでいた。
 僕らは逃走防止のため彼らを囲んでいた。
 千景先生、僕、ペリドット副隊長とユマくん、雅くん、アーモンドくんの順だ。
 全員パレットを構え、ピリッとした空気が張り詰めている。
 千景先生が尋問を始めた。
「口を割ってもらわないことには身分を保証することも出来ません。
 捕虜条約加盟国かすらも、わかりませんからね。
 何処から如何してここへ来たか、ワープをどこで手に入れたのか。
 教えてもらいましょうか」
 賊は当然、黙ったままだった。
 けれどその内の一人が怯えたような上ずった声でリーダーへ言った。
「なあ……ゲロっちまった方が良くねえか?
 フェリクシアは加盟国だし——」
 その時、話していた賊から光が立ち昇る。
 灰色がかった青のそれは、髪の長い女性の形になった。ふわりと広がったドレス姿はとても綺麗だけれど、賊の頭上を覆える巨大さが異様な恐怖感を与える。
 女性は彫刻のように、肌と目と服の色の差がなかった。けれど地続きの青色に、赤や緑が薄っすらと混ざっている部分はあった。
 光の女性は上から賊の首に、異様に長い小指を交差してかける。髪の毛も他の賊一人一人に絡みついた。
 そしてにこりと微笑む。
 千景先生が血相を変えて怒鳴った。
「総員退避!!」
 その直後、強烈な爆風と閃光が僕らの視界を白く焼いた。
 風圧に耐えきれず後ろへ倒れる。
 けれどそれは数秒で、何かに遮断されたかのように止んだ。
 代わりに村の入り口側、僕らが最初に転送された森から轟音が響き、強い風が吹きつけた。
 振り向くと、これだけ距離があっても見上げる高さの爆煙。
 そして賊の姿は無かった。
 代わりに青い陣が地面に光り、その周囲を緑の光の壁が囲っていた。
 僕は何が起きたかわかっていない。おそらくユマくんたちも。
 千景先生がその爆煙の方へ向かいながら言った。
「学生はここに待機してください」
 先生の顔色で、薄々状況を悟る。
 賊が謎の爆発を起こし、それを先生がワープで飛ばした。緑の壁はとっさにアーモンドくんが撃ってくれたんだろう。
 ところで嫌な予感がしている。
 あんな規模の爆発が起きた場所に、何をしに行くのか。
 ユマくんも同じ予想にたどり着いたみたいで、声をあげた。
「あのっ……!」
「まだ早いやつだ。大人しくしとけ」
 ペリドット副隊長が千景先生と同じ方へ向かいながら言った。
 先生がふと足を止めて振り返る。
「ああ、アーモンド。助かりました」
「っ……ううん」
「緊急があれば心話術で」
 そして引率の二人は、遺体の確認へ向かった。
 残された僕らは指示に従うしかない。
 ユマくんがいまだに消えない爆煙を見上げた。
「アレ、何だったんだ……?」
 その疑問にアーモンドくんがボソリと呟く。
「……シルヴィアの呪い」
「なんだそれ」
「えっ」
 なぜか彼はユマくんの問いかけに驚いていた。
 どうしよう僕も知らないんだけど。習ったっけ。
 アーモンドくんは後頭部をかき、妙に言いづらそうに口を開いた。
「……人類史上、最強最悪の呪い。
 言葉とか行動の条件を満たすと広範囲に渡って爆発する。
 それを逆手に、過去の戦争で奴隷を爆弾にするために使用された——禁術。
 4色以上のカラーが必要だから普通は複数人でかけるし、恨まれて知らない間にってことはない。
 だけど、呪われた側の死以外に解く術がないんだ」
 それを聞いたユマくんは、口も声も引き攣っていた。
「なんで解呪とセットじゃないんだよ……! あとそれは解いたって言わない……!」
 説得力がある。
 僕は、騎士団に入ると言っていた少年を思い出した。
(本当に少しでも減らさなきゃ。でもどうしてそんな人たちが……?)
 その後先生たちが戻って来るまで、僕らは黙ったままだった。


 □■□


 マックスたちのいる国の北東。
 陸に囲まれた国、フェリクシアの路地裏でぜいぜい喘ぐ呼吸が響く。
 賊のリーダーはただ一人、故郷の土を踏んでいた。
(やっと“あの男”から逃げ出したっつーのに……! あんなに条件がキツいとは……!)
 賊は全員この国での奴隷で、当たり前のようにシルヴィアの呪いがかけられていた。リーダーも身に覚えがある。
 彼らは実験台にされていたが、成功した陣を盗んで逃げてきた者達だった。
 リーダーの舌には、ワープ陣が彫られていた。
 刺青なので行き先の融通も利かず、自分一人しか移動できない失敗例として放置されていた。
 今回はそれに救われたが、一刻も早くこの国から去らなければならない。
(クソ! あの魔女野郎がいるかもしれねえが言ってらんねえ!)
 舌の陣を発動しようとした瞬間、悪寒が走る。
 薄暗い路地裏で白銀の光——正確には薄い紫が、銀色を纏ってリーダーの胸を貫いた。
「か、は……っ!」
「探しましたよ」
 倒れるリーダーの後ろから、紫がかった銀髪の男がするりと現れた。
 腰まである髪を下の方で緩く縛り、長い前髪もそれに合わせて流している。顔の右側を白い眼帯が広く覆い、薄紫と銀色の糸が刺繍されていた。すね丈まである上着と、裾の広いボトムスにも同じく品の良い刺繍が施されている。それらはフェリクシアの宰相が身に着けるものだった。
 男は柔和な笑みを浮かべ、リーダーにパレットを向ける。
「楽しくお散歩出来たようで何よりです」
 そしてリーダーの頭を、銀色の光が撃ち抜いた。

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