top of page

第十二話


 拝啓、エクセランサ。
 お互い寮だけどなかなか会えないね。
 ところで、魔女科に美人が入学したとの噂が騎士科にまで流れてきて、僕は気が気じゃありません。
 変な人に声をかけられたりしていませんか。不躾にからかう輩に困っていませんか。
 少しでも不安があったらすぐに相談して。なんならそちらに顔を出しに行きます。僕は喋らなければちょっとは怖く見えると思うし、場合によっては雅くんにも頼——(以下略)


 僕とユマくんとラスクくんは、自主訓練用の広場に来ていた。遠くて人気もないエリアにして、同期の子達とは念のため時間をずらしたので貸切。
 初の顔合わせだ。
「試験の時に助けてくれた、ラスクくんです」
「話は聞いてるぞ、あの時はありがとう!
 オイラはユマ! よろしくな、ラスク!」
「よ、よろしく……」
 ラスクくんは少し人見知りしつつも、頑張って挨拶をした。
 その様子が末の弟を思い出させて、とても可愛い。
 ユマくんに至っては無言でラスクくんの頭を撫でていた。
「ど、どうしたんだユマ……?」
「ごめん、つい」
「僕も撫でていい?」
 ラスクくんは撫でられたまま、プリプリと頬を膨らませた。
「おい、子ども扱いするな! ラスはこう見えて二人より年上だぞ!」
「「え!?」」
「生まれが少し特殊らしくてな、成長が遅いんだ」
 ユマくんには、一角獣のことは伏せてある。勝手に伝えていい内容ではなさそうだし、そもそも僕が混血についてきちんと聞いているわけでもない。
 わかっているのは、彼に姿がいくつかあって、一つはとても忌み嫌われていたこと。
(それを使ってでも助けてくれる、友達だ)
 当のラスクくんは両手を腰に当て胸を張っていた。
 本当に申し訳ないけど、可愛い。
 ユマくんは再び彼の頭をよしよしと撫でた。
「年など関係ない」
「えっ」
 妙に強気なユマくんに、ラスクくんはたじたじだった。そしてしばらくされるがままだった彼が一喝する。
「も、もう! いいから連携を考えるぞ!」
「「あっ、はい」」
 ラスクくんがパレットとオレンジ色の的を出した。
「マックスは知っているだろうけれど、ラスのスペクトルは橙と紫、花火型。
 二重(ふたえ)牡丹が得意だ」
 そして放たれた閃光は宣言通り2色で、カラーが散弾のように広く細かく的を撃ち抜いた。
 ユマくんがほー、と手を額にかざす。
「牡丹で真逆の2色って珍しいな! 防ぎにくくて良いし!」
「スターマインもある程度なら出来る。
 肝心の花呼びは橙と紫はほぼ必ず、他の色も八割は呼べる。結界も3部隊分くらいなら張れる」
「すごいね……!?」
 予想以上にラスクくんが優秀だった。
 そんな僕の横で、ユマくんがわくわくを隠さずパレットを構えた。
「次はオイラな!」
 ユマくんが連射でまっすぐ突き抜ける光を放つ。それぞれ混じり気のない水色、青、青紫、紫だった。
「オイラのスペクトルは青を中心に水色から紫まで!
 頑張れば四重(よえ)菊や混合のスターマインも撃てるけど、一色ずつ分離した方が結果的に威力が出る!
 ラスクの紫より青に近いから、スペクトルはカバーし合えていると思うぞ!」
「ユマは分離が得意なんだな。青紫って難しいだろ」
「へっへ〜まあな!
 ラスクが橙の牡丹を撃って、相手が青系で防ごうとしたところをオイラが仕留める、とかどうだ?」
「おお……!」
 盛り上がる二人を、僕は微笑ましい気持ちで眺めてしまっていた。下の兄弟たちを思い出す。
 そうして僕が癒されていると、ユマくんたちがクルリと振り返った。
「次は君だぞ!」
「そうだぞ、何ニコニコしてるんだ」
「あっ、はい」
 僕は的に向かってパレットを構えた。
「えーと……。
 スペクトルは全部なんですが、分離が苦手で出力に影響しています……。
 でも黄色と緑ならなんとか。
 あっ、混ざっちゃった」
 橙と黄緑がちらほらしている黄色が放たれた。ユマくんの後だから余計に混ざりが目立つ。
 ラスクくんとユマくんは気にした様子もなかったけれど。
「単純な菊一重でも結構な威力だな」
「もともとマックスは光量多い方だぞ。混ざったからもっと増えたんだろ」
「なるほど。菊っていうかひまわりだったな」
「お、良いネーミング」
 必殺技みたいで格好いいなあ、と僕は深く考えず口にする。
「……黄色極めた方がいいのかな」
「「いやいやいや勿体無い」」
 猛反対を受けた。
 ふとラスクくんが首を傾げた。
「なあ、マックス。何も考えないで全部いっぺんに出せたらどうなるんだ?」
 僕とユマくんは顔を見合わせる。
「……地形が変わるな」
「うん……」
「え!?」
 あんぐりと驚愕したラスクくんは「マックスはちゃんと考えて撃たないと……」と腕を組み、真剣に考え込んでしまった。
 そしてずい、と僕の方へ身を乗り出して言った。
「メインウェポンはひまわりでも良いと思うぞ。
 ただせっかくのスペクトルも活かしたいし、練習する時間は学生の方が多い。
 黄色を細く撃って奇襲用にするのはどうだ? だいたいの環境で見えにくいからな。
 あとは単色で充分な威力が出せるから、他の色も撃てるといいと思うぞ。
 騎士科だと、技は何があるんだ?」
 僕は実用的な意見とラスクくんに押されつつ、指を折って数えた。
「えっと……直線の菊に散弾の牡丹、連射のスターマイン、炸裂の群蜂、あたりかな。
 あとは枝分かれする千輪、遠距離用の柳、金箔や銀箔だけを分離した漣(さざなみ)とか」
「防御系は?」
「魔女科と同じ陣だよ。
 炎型じゃないとカラーで壁はつくれないから、菊とかを多めに出力して相殺を狙うことが多いかな。そっちの方が効率もいいし」
 ちなみに僕はスペクトルが発覚するまで、陣の同時展開もできなかった。基本中の基本だけど、出力が安定しなくてそれどころじゃなかった。練習します。
 ラスクくんが僕を見上げた。
「そこに、カラーの性質と組み合わせが入るんだよな?」
「うん。2色なら二重、3色なら三重とか」
 ふむ、と鼻を鳴らした彼が言った。
「よしマックス、全部やってみるんだ!」


 結論としては、菊とスターマインはギリギリ、牡丹は論外、群蜂はまあまあだった。
 柳は訓練場の広さが足りないし、漣は関係ないので無し。
 そして一番は。
「千輪、びっくりする程やりやすかった……」
「出しやすいのがあればそっちがいいと、ラスは思うぞ。威力も、うん、予想以上にすごくあったし」
 ラスクくんが見やった先では、訓練場の地面が抉れていた。
 的に対して出力が大き過ぎたらしい。
 一方あまり動じていないユマくんが言った。
「マックス、どうして今まで使わなかったんだ?」
「それが……そもそも出力できなかったんだ。
 多分だけど、僕の場合は全スペクトルでいっぺんにやらなきゃいけなかったんだと思う」
 千輪はカラーを放った後に自動で分岐する。光量とスペクトルに比例してその数は増えるけれど、分岐のタイミングは飛距離の半分ほどでコントロールはできない。
 正直そこが実戦では使いにくいので、普通に当たってから炸裂する群蜂を使う人の方が多い。
 自動分岐は、僕にはうってつけなんだけれど。
(……大きな口に食べられる)
 そんな気がして、少しそわそわするというか、みぞおちのあたりが落ち着かない。なんだろう。
 小さい時にそんな夢を見た覚えもないし、特に心当たりがない。
「マックス?」
「どうした、大丈夫か?」
 二人の心配そうな声で我に返る。
「っ、ごめん。ちょっと考え込んじゃってた。
 えっと……色を複数出す時ってどうしてる?
 千輪だけじゃなくて、二重も撃てた方がいいと思うんだ。もちろん単色と奇襲用のも」
 誤魔化しと切り替えを兼ねてしまったけれど、ユマくんたちは申し訳ないくらいまっすぐ答えてくれた。
「ゆらゆらっとして同時にザップーンだな」
「一色で描いているイメージを二色分やる感じだ。
 色相が離れてる方が逆にやりやすいかもしれない」
「な、なるほど……」
 何色にしようか。
 黄色の反対の色相は青や紫。そこは二人がカバーしてくれてる。
(抜けてる色を補ったほうがいいのかなあ。
 緑と——)


 □■□


 マックスたちとは離れた訓練場にて。
 赤い光が幾度も迸り、あたりの木々を燃やすように照らしていた。
 それを放った張本人である雅が、散った的を再び呼び起こし、撃ち抜く。
 遠巻きにしていた同期の姿はとっくになかった。
 そんな逃げ帰ったような彼らから話を聞きつけ、アーモンドがやって来る。
 彼は雅の後ろの適当な段差へ腰を下ろした。他の人間が同じことをすれば、怖いもの知らずと戦慄されるだろう。
 アーモンドは、赤いカラーを撃ち続ける背中へ声をかけた。
「イライラしてる?」
「…………そう見えるか?」
「うん」
 雅は彼を振り返らずに言った。
「まだまだ、弱いと感じただけだ」
「ふーん」
 アーモンドは自分の膝に頬杖をつく。
 そのまま雅が放つ光を観察して、首を傾げた。
(花火の練習……?
 稲妻型と炎型は花火も撃てるけど、習得するメリットが少ない。
 よほど攻撃に向いてない炎ならともかく。
 ……ていうかアレ、分離?)

bottom of page