第十一話
拝啓、エクセランサ。
この前学期が始まったんだってね。
同じ敷地内にいるけど、元気にしていますか。
僕は今日、メンバー決めです。
(すごく囲まれてる……!)
ここは教室だし、別に敵がいるわけではない。
ただ向こうが見えないほど、色とりどりのオリヅルたちが僕の周りを飛び回っていた。
オリヅルとは、陣を付した紙で鳥をかたどったもの。心話術がなかった大昔に、伝達用としてつくられたのが最初らしい。
どうして僕がその極彩色の海に溺れかけているかというと。
「マックス生きているか!?」
「引く量の申し込みだね。ウケる」
姿は見えないけれど、ユマくんとアーモンドくんの声がした。
彼の言う通り、オリヅルはバンド——戦線で連携する部隊を組もうよ、という申し込みだった。
バンドは数人1組で、在学中に組んだメンツはだいたい固定になる。
だから真剣に選ばないといけない。
(どうしよう……! せっかく申し込んでくれたから組みたいけど……!)
この量は厳しい。
僕が頭を抱えていると、緑色の頭がオリヅルの群れからひょっこり顔を出した。
「あはは、超悩んでる」
「アーモンドくん……」
彼は僕の前の席に座ると、飛び交うオリヅルにちょっかいを出して遊んでいた。
続いてユマくんもくぐり抜けて来てくれた。
「ぶ、ぶつかるかと思った……。本当にすごい量だな。
別に卒業してからも組むことあるだろ?」
その問いにはアーモンドくんが答えた。
「成績優秀者と組むと、結果的に出世することも多いから“狙い目”なんでしょ。
まあ、作戦ではバンド無視した編成組まれるなんてザラだけど」
そして彼がくるりと僕を振り返る。
「ていうか君、これ全部受ける気じゃないだろうね」
「うっ。わ、悪いからできる限りは……」
「連携覚えらんないでしょ」
「うっ」
「掛け持ちなんて多くても二つだよ。雅を見習いなよ」
アーモンドくんが腕を上げてオリヅルたちの通り道を変え、向こう側が久しぶりに見えた。
その先では雅くんが——虚ろな目で、手当たり次第にオリヅルの尾を下げていた。
尾を下げると断りの意味になり、処理されたオリヅルは消えていくようになっている。
ただ彼の周りから群れが無くなる気配はない。僕より多いんじゃないのかな。
それにしても雅くん、徹夜明けみたいな顔をしている。
「あいつ大丈夫か」
「た、大変そう……」
「人のこと言えないでしょ。
まあ……気が紛れて、ちょうどよかっただろうけど」
「?」
アーモンドくんの小さな呟きに、ユマくんと首を傾げる。
それと同時に、水色のオリヅルが僕の前にふわりと浮かび、ユマくんが不意を突かれたような声を出した。
「あ」
「これ、ユマくんの?」
「……へへ、出したの忘れてた」
ユマくんが照れくさそうに、両手を頭の後ろで組んだ。
これに関しては即答だ。
僕はパレットを取り出すと、ユマくんのオリヅルにかざす。
するとオリヅルから水色の光で“2”の文字が描かれた。
パレットをくちばしに触れさせると、その光が球状になってオリヅルを包む。
そしてユマくんの元へ帰るようになっているけれど、すぐ側にいたので、オリヅルはユマくんの頭にちょこんととまった。
これで僕らはバンドを組んだことになった。
一連を眺めていたアーモンドくんが言う。
「あーハイハイ。デュエットね」
組む人数によって、二人ならデュエット、三人でスリーピース、四人でカルテットと呼ばれていた。
五人組もクインテットとしてあるけれど稀で、国王陛下が組んでいるアクアブレイドくらいしか知られていない。
「アーモンドくんも雅くんとでしょ?」
「まあね。
命かかってる場所で、背中預けらんないし預かれないから」
「……そっか。そうだよね」
アーモンドくんの言葉に、僕は飛び交う無数のオリヅルを眺めた。
(背中を預かる……。
“僕ら3人”はきっと必要があったら編成される。
アーモンドくん抜きで組むほうが不自然だ。
となると……)
僕はユマくんに声をかけた。ちょっと緊張で言葉が震えてたかもしれない。
「あのさ、もしよかったら——」
□■□
アカデミー校舎・南棟の最上階つきあたり。
マックスは恐る恐るその部屋の扉をノックして開けた。
「失礼します……」
そびえる本棚と積み上がった魔法器具が彼を迎えた。
生徒が教員に質問しに来ることは何ら珍しくない。
だがこの部屋の乱雑さは、持ち主の魔女科教諭——千景がそれを拒んでいるかのようだった。
マックスは身を縮こませながら最奥の書斎スペースへ向かう。
「……あれ?」
しかし、黒いデスクには誰もいなかった。
半ばホッとしてしまっているが、マックスはあたりを見回す。
不在なら入口の時点で入れないようになっているし、そもそも彼の用件には千景が頼りだった。
マックスは、近くの扉が若干開いていることに気づいた。
前回来た時にはわからなかったが、壁と近いクリーム色をしていたからだろう。
「千景先生?」
マックスはそのドアにもノックをして呼びかけるが、返事はない。
不思議に思い少し中を覗き込む。
覚めるような水面の青が目に入ったところで。
「何をしているんですか」
「うわああっ!?」
背後からの、いつもより怒気を含んだ声にマックスは飛び上がった。
その拍子にドアも思いっきり閉める。
振り返ると千景が、やはり不機嫌さ割り増しで立っていた。
マックスは高速で謝罪を口にする。
「す、すみません……! ラスクくんに用事があって……!」
「……ここ、一応俺の居住スペースでもあるんですが」
「えっ!? そ、そうとは知らずに失礼しました!」
マックスは勢いよく頭を下げた。
千景はこれ見よがしにため息をつく。
その時、彼の後ろからとことことラスクがやって来た。
「お茶入ったぞ千景……マックス!?」
ラスクは驚きと嬉しさの混ざった声だった。
彼の手にはトレーと、その上に種類と中身の違うカップが3つ乗っていた。
対して千景は、辟易していますと言わんばかりに口角を下げる。
「君に用だそうですよ」
「どうした? あっお茶飲むか? あっ」
ちらりとラスクが千景を伺い見た。
千景は先ほどとは違う種類のため息で、ラスクのトレーを受け取った。
そしてそれをデスクに乗せ、自分は椅子にどさっと雑に座る。
「席はありませんが、どーぞ。
ああ、これはダメなので」
千景は紅茶の入った白いカップを取った。
残りはコーヒーの入った黒いカップと、ホットミルクの入ったオレンジのマグカップだった。
「マックス、どっちがいい? 他が良ければ淹れてくるぞ」
「あ、ありがとう……?
……ラスクくんってコーヒー飲める?」
「のっ、のめなくなくもない!」
マックスはコーヒーを選ぶことにした。
なぜ予めカップが3つ用意されていたのか、彼にはわからなかった。他に来客がある様子もなく、予知の類では怖すぎるので深く考えることもやめた。
一連の流れを眺めていた千景が、カップを傾けながら言う。
「それで用事は?」
「あ、えっと、ラスクくん……僕とユマくんと組まない?」
「!?」
「っ、げっほごほ!」
ラスクがあんぐり口を開け、千景は吹き出す一歩手前で噎せ返った。
「魔女科は基本的にバックバンドですよ」
「そ、そうなんですけど……」
千景の指摘に痛そうな顔をしたマックスは、ラスクへ改めて向き直る。
「バンドは、命を預ける相手だって言われて考えたんだ。
僕、ラスクくんが後ろにいてくれたら安心して戦えるな。
ユマくんとも話したんだけど、スリーピース……どうかな?」
しかしこの前までアカデミー内の友人がゼロだった男、マックス。
自分から正式に人を誘ったことなどない。
一瞬の間をついて、右往左往した言葉が口から勝手に溢れ出た。
「あっ、その、無理にとはもちろん言わないよ! 最初はユマくんとラスクくんとそれぞれお願いしようと思ってたんだけど僕が連携覚えられる気がしないし多分要領も悪いからほんと申し訳ないけど3人で組んでもらってそのバンドに集中すればなんとかなるんじゃないかなって僕の都合ばっかりでごめんねでもできたらラスクくんとも組みたいなってこれはもうただ僕の願望なんだけどさ、あっ、ユマくんっていうのはその、あっ、この前の子で、きっとラスクくんも仲良くなれると思うし」
マックスが吃りながらつらつらと述べている中、ラスクはかつてないほど橙の瞳を輝かせていた。
彼は顔色を伺う、にしては元気よく千景を振り返った。
見上げられた千景は苦い顔をするが。
「……好きにしなさい」
それを聞くや否や、ラスクはマックスへ飛びついた。
「組む!」
「よ、よろしくね! カップ危ないよ!」
「——そんなわけで、ラスクを取られてしまったんです」
千景に返ってくる声はない。
彼は、マックスが入りかけた青い部屋にいた。
青色の正体は、室内にも関わらず広がる晴天の海。
中央に白いベッドと、千景が座るチェア、揃いのティーテーブルがポツリと浮かんでいた。
歩ける水面の底に目を凝らすと、岩のようなものが暗く沈んでいる。それがベッドに眠る人間を生かすための術式本体だった。
彼は変わらず言葉を連ねる。
「別に拗ねてません」
そう言うと彼は、新しく淹れたコーヒーのカップに口を付けた。
テーブルには紅茶の入った白いカップが乗っていた。
千景の向かいにはもう一つチェアがあったが、デートだろ、と言うラスクにより偶に撤去されている。
そよそよと柔い風が吹く。
ベッドで眠り続ける彼女の髪が一筋、顔にかかった。
千景はそれを優しく、優しく直した。
「……早く起きて」