第二話


 拝啓、故郷の妹エクセランサ。
 今日ほど、君の度胸を羨んだ日はないよ。
 なよなよするなって言われそうだけど、これは無理だ。

 爽やかな朝の教室へ入る。
 机に座って足をぷらぷらさせているオイラさんと、彼の前で仁王立ちの雅くん。
 二人が(片方フードかぶってるけど)睨み合っていた。どうして。
「雑魚ほどよく吠えるって知らないの?」
「飛び級だと礼儀まで飛んで行くのか?」
「ああ? 一歳や二歳の差を、小さい男だねえ」
「は? 無礼が何度戦争を起こしたか知らぬのか」
 一触即発のピリピリした空気に、余計なことをしてはいけない、と本能が訴えてくる。
 クラスのみんなも怯えて、誰も喋っていなかった。
 もちろん僕も。お腹痛くなってきた。
(えええ……? なんでこんなことになってるの……?)
 そんな中、あろうことか、オイラさんが僕を大声で指差した。
「あ! 昨日の!」
 僕はつい後ろを振り返る。おかしいな誰もいない。
「君だよ君! 緑のゴーグルした金髪のでっかい兄ちゃん!」
 わかってはいたけど、間違いなく僕のことだった。お腹がすごく痛い。療養室に駆け込みたい。
 そんな僕を、雅くんの橙色の目が貫いた。
「ミニマム? 貴様、こいつとどういう関係だ」
「き、昨日、療養室で初めて会っただけだよ……」
 オイラさんが机から飛び降りる。やっぱり小柄な彼は、僕へテトテトと寄ってきた。
「君、ミニマムっていうの?」
「マキシマムだけど……」
「あだ名?」
「いや……」
 僕が言い淀んでいると、雅くんが言った。
「皮肉に決まっているだろう。
 下品な揶揄は俺様も疎んじるが、其奴の肝の小ささは腹立たしい」
 オイラさんが聞き返す。
「はあ?」
「じきに解る。
 王族と国民を守る騎士科に所属しながら、実戦訓練は常に最下位。
 おまけにカラー出力はほぼゼロ。使い物にならない。
 裏口入学を疑う」
 そこは訂正させてほしいので小声で主張する。
「一応正面からだよ……」
 雅くんは鼻で笑った。
「ふん。どう入ろうが知ったことではない。
 だが此の場にいる者は皆、自殺の仕方を学びに来ているのではない。
 其奴は訓練でさえ、敵役の俺様へ背を向けて逃げ出す始末だ。
 敵前逃亡など——最も軽蔑に値する」
 全て事実だった。僕は何も言い返せない。
 するとオイラさんが静かに口を開いた。
「……俺様野郎、カラーは赤か?」
「ああ。それがどうした」
「やっぱりお前、見る目ないな。
 本当にビビりの逃げ腰野郎なら、あの大怪我で人に花なんか譲れるもんか」
 雅くんの眉がぴくりと動く。
「……何?」
「オイラはお前の方が怖いよ。
 仲間でもある人間を、訓練だからってああも容赦なく攻撃できるお前が」
「——甘ったれた考えだな」
 雅くんが続ける。どこか怒っているようにも見えた。
「味方が人質に取られていたら攻撃できない性質か? そのような者に限って戦線の崩壊を招き、場合によっては内通者をも呼び込む。
 我々は軍人になるべく此処に居る。状況によっては味方を切り捨てる必要もある。
 より多くを守るために。
 馴れ合うことが仲間ではない。勘違いするな」
 オイラさんも僕も黙ってしまった。
 静まり返る教室で一限目を知らせるチャイムが響く。
 雅くんが踵を返した。
「……始業だ。
 本日より同窓なのだったな。
 せいぜい、その甘さが命取りにならぬことを祈ろう」


 □■□


 一限目が終わり、次の授業は実技だ。
 移動するみんなの流れの中を逆らい、僕はフードさんのところへ向かった。
「あの……さっきは庇ってくれてありがとう、えっと」
「オイラはユマ! 昨日の傷は大丈夫か?」
「うん。もうすっかり」
「よかった! なあ、次の教室わからないんだ。一緒に行ってもいいか?」
「もちろん」
 今のすごくクラスメートっぽい、と僕はひっそり感動する。
 二人で廊下に出ると、だいぶ先に雅くんの背中が見えた。
 ユマくんは口をものすごくへの字にして言った。
「あいつメチャクチャ嫌なやつだな! 誰だ? なんであんなに偉そうなんだ?」
「雅くんね。実際偉いというか、お家が貴族だって。
 それで威張ってるんじゃなくて、本人の実力もあるんだよ。
 いつも訓練はトップだし、すごく頭も良くて、入学してからずっと首席なんだ」
「性格は落第級だろ。いきなり『誰だ貴様。名乗れ』とか言ってきてさ!」
 たしかにそれは失礼だ。
 ユマくんは今にも地団駄を踏みそうだった。
「それに君にもあんな言い方〜〜っ!」
「あ〜……うん……」
「マキシマムは悔しくないのか!?」
「言いにくいからマックスでいいよ」
「……」
「……」
「悔しくないのか!?」
「まあ、実際あんまり使い物にならないから……」


 □■□


 ここは演習場。
 更衣室前でお手洗いに行ったユマくんは、そのまま着替えてきたらしい。
 そして、あんぐりと口を開けていた。
「ま、まじか……」
 彼を驚かせた僕は、ほとんど真っ白なままのパレットを振った。
「調子良くてこれだからさ」
 僕らは隣り合ったレーンに入っていた。
 今日の課題はパレットからカラーを放ち、的を破壊すること。
 的は、宙に浮いている白い楕円で、一人一つ与えられる。
 一定量のカラーを受けると自壊して再生し、再生したものは、破壊にもっと多くのカラーが必要になる仕様だ。つまり、何度も壊せればそれだけ光量が多いと判断される。ちなみに、光の純度が高いとより少ない光量で壊せるようになっている。
 普通は、より多く壊せるように訓練するためのものだ。壊した回数だけ、年輪のように中央へ円が描かれる。
 僕の記録は一回。
 ユマくんが消え入りそうな声だった。
「スクリーニングは……?」
「一応黄色で通ってるし、基準も満たしてたんだけど……」
 蛍花という、魔力がある人間が触ると光る植物がある。パレットからカラーを出すには一定の魔力が必要で、蛍花はちょうど良い指標だった。
 そしてアカデミーは、つまり軍は、人員が欲しい。
 入学試験というスクリーニングはたったそれだけだった。
 心なしか震えているユマくんが言った。
「メイクとかは……?」
「ネイルはみんなと同じようにしてるし、インナーも着てるよ」
 カラーには、身体に触れている色に呼び起こされる性質があった。
 今は訓練着だけれど、各々のカラーにあった服を下に着ることが許可されている。
 というか実質それは基本で、ネイルやピアス、メイクで色を身につけ、カラーを強く惹起するものだった。
 ユマくんが水色のフードをかぶっていたり、紫色のグローブをしているのも、そのせいだろう。
 僕も(ピアスは怖いからしてないけど)一通りやっている。いつも緑のゴーグルをしているのは、顔を横断する傷を隠す為でもあるけど。
 ただ、爪の黄色よりパレットが色付いたことはなかった。


 □■□


 雅はそれを横目に見ると、ため息をついた。
 少し離れたレーンで、編入生が“ミニマム”と私語をしていた。教官に怒鳴られるのも時間の問題だろう。
 雅は自分の的に向き直る。
 クラスの誰も到達できていない再生数のそれは、なかなか壊れず、手間取っていた。
 マックスでは傷もつかないような硬さだった。
 向こうのレーンで、ユマがマックスの腕を掴む。体格差がかなりあるのに、マックスが揺られているような勢いだった。
「アイシャドウは!? なんでピアスもしないんだ! ていうか本当に黄色だったのか!?」
 怒涛の質問と共に揺さぶられ、マックスのパレットが一瞬、雅の方へ向く。
 あと数回で的を壊せそうな彼の頬を、後ろから何かが掠めた。
 そして彼の的が、一回目のようにあっけなく崩壊した。
 つい、雅は声を漏らす。
「は?」
 そんなことはつゆ知らず、教官に怒鳴られたマックス達は小さく言葉を交わしていた。
「実家が農家で兄弟も多いから……できるだけ仕送りに回したくて……」
「親孝行か!」
「しーっ!」