第二十四話
マックスは背中から地面に叩きつけられ、酷く咳き込んだ。
肺には肉の焦げる異臭も流れ込む。
「げっほ……っ! ゼェッ……」
数秒前、彼の足を掴んでいた奴隷はワープ先の空中で爆発した。
降り注ぐ刃物を、マックスは身体を丸めてどうにか防いだ。それでも腕には数本刺さっていたし、掴まれていた方の足は火傷になっていた。
マックスはどうにか身を起こす。
爪先の向こうに、黒く焦げた肉の塊が落ちていた。
「……」
次いで、彼は突き刺さっている刃物を睨んだ。
出血するリスクと迷ったが毒が塗られている可能性も捨てきれない。これから動いて余計な部分まで傷をつけるデメリットもある。
彼はあらかじめ奥歯を食いしばり、それらを抜いていった。
「っ、……ハァ……!」
最後の一本を放り捨て大きく脱力する。そして今更、木の枝を下敷きにしていたことに気づいた。
枝はマックスの落下速度の相殺に貢献し、どれも乱雑にへし折られていた。
彼が顔を上げると、空の代わりに緑が鬱蒼としていた。
その薄暗さから窺うように、何かの胞子がふんわりと光り始め、あたりに色とりどりの花が咲いていることを知らせた。
マックスはこの場所に見覚えがあった。
「デライトリの森……?」
そこは、ドラクーン試験で訪れた運命の森だった。
□■□
フロール国、王族の城。その隠し部屋。
小さな覗き窓の横で、ユマは壁に背をつけて外を睨んでいた。
とはいえ見えるのは曇り空だけ。
敵も味方も飛んでくる気配はないが、ユマは左手のパレットを手放さない。
耳に添えた右手の陣は司令室とした部屋に繋がっていて、慌ただしい心話術を一方的に傍受していた。
万が一の時、全てはユマに託されることになっている。
しかし突然現れた小娘など誰も信じない。
——国王直筆の特殊陣が入った遺言でもなければ。
□■□
僕は半ば足を引きずり、デライトリの木々をかき分けて進んでいた。
幸い傷の血は止まってきていた。
(早く戻らないと……!)
大雑把な方角は確認したけど、そもそも森のどこに飛ばされたのか、フロールまでの距離はわかっていない。
体力は有る方だから、それだけを救いにしてひたすら進む。
カーテンみたいに密集した蔦をくぐり抜けると、拓けた場所に出た。
陽の光が程よく差し込み、小川がせせらぐ、きっと神獣たちの昼寝スポット。
そこで一層目を引く鮮やかな赤。
「……ハハア、暇潰しに来てみるモンだなあ」
ドラクーン試験で会ったドラゴンだった。
僕は生まれて初めて、もうだめだと思った。
赤いドラゴンは丸まって伏せていた体勢から、首だけを起こした。
「小僧、傷を洗え」
「へ……?」
「川に治癒能力がある。その程度ならすぐだ」
「え、えっと」
「今すぐ食い殺されたいなら別だが」
「やります」
僕は言われた通り川辺に膝をついた。
川の水は底が見えるほど澄んでいて、浸けた手をあっという間に治した。
(本当みたいだ。でもどうして……)
疑問を抱えつつ傷を洗い、足の火傷まで完治させる。
それを見届けた赤いドラゴンが、大きく伸びながら立ち上がった。
「良し。この前の続きだ。
万全の状態でオレサマに敗北しろ」
(なるほどー!!)
ドラゴンが僕を鷲掴みにして飛んだ。
瞬く間に上昇し、宙ぶらりんの足元に森の緑が広がる。
「あ、あの僕ちょっと急いでて……!」
「寝言を抜かすな! ここが何処だか忘れたか!」
そしてドラゴンが急降下する。
やって来たのは無骨な岩肌の目立つ崖。ドラクーン試験で僕らが戦った場所だった。
ドラゴンは僕を軽く投げ捨てる。
なんとか着地すると、赤い竜が咆哮した。
「オレサマと戦う運命! 敗北する運命だ! さあ構えろ!」
言うが否や、ドラゴンは灼熱の火を噴いた。
僕は森に駆け込んで隠れる。
崖側は遮蔽物が少ない。さらに木々の色がスペクトルの緑を強めるから、僕にとっては森の方が好都合だ。なんならこっそり退散したいけど。
(逃して……くれないよなあ)
熱風が後ろから吹き荒ぶ。
ドラゴンが僕の後ろ側を燃やした。わざとだ。
僕は炙り出され崖側へ走った。そのままドラゴンの側まで突っ込んで行く。
(炎よりはマシだ!)
やっぱりドラゴンは自分の身体を燃やすようなことはせず、鱗の塊のような尻尾を叩きつけてきた。
何発も隕石みたいな攻撃が落とされるけど、僕はギリギリ避けて駆け回った。どうしても間に合わない時はひまわりを撃って軌道を逸らす。
ドラゴンの口の端からは炎が漏れていた。
「小癪な……!」
そしてドラゴンは自分のすぐ傍に、今までよりも素早く尾を振り下ろした。
地面が割れ、衝撃で僕は跳ね上げられた。
(しまった!)
宙へ投げ出された僕に炎が襲いかかる。
咄嗟に、真下へひまわりを撃って避ける。
けれどドラゴンは読んでいたらしく、もう追撃の炎を放とうとしていた。
(あんなの直撃したら……!)
その時なぜか時間の流れが遅くなった、ように感じた。
僕は落ちているはずなのに、一緒に飛ばされた小石までゆっくりと浮いていた。
崖、森、迫り来る炎、大口を開けたドラゴン。この景色は見たことがあるような気がする。
急に頭の中が、霧が晴れたようにはっきりした。
(全部ぶつければいいんだ)
真っ黒な空間に居た。
だけど足元に赤から紫のスペクトルが広がっていて、暗くはない。
僕は黄色とオレンジのあたりに立っていた。
隣の赤に雅くんが堂々と並んだ。
オレンジは大丈夫だから紫をお願い、ラスクくん。
青はもちろんユマくん。
(頼んでもいい? アーモンドくん)
——しょうがないなあ。
景色と時間が戻り、ドラゴンが今までで一番燃え盛る炎を放つ。
そして僕は全てのカラーを乗せた、真っ白な光を撃った。
「千輪」
無数の色とりどりの花火が、炎を蹴散らして炸裂した。