第三話


 拝啓、故郷の妹エクセランサ。
 お兄ちゃんは今日、期末試験です。

 今回の試験会場は、鬱蒼とした壁のような森。
 僕らは、隊服ではない姿でいた。
「ユマくん、貸してくれてすごくありがたいんだけど……これほんとに着なきゃダメ?」
 生涯出会うことはなかったであろう、豹柄のワイシャツ。いっそゴールドのようなギラギラのスキニーに、負けないくらい金属感のあるブーツ。
 僕は今、とても黄色い。
 学年全員で待機している中、すごく目立ってしまっていた。最下位で有名な僕がこんな派手な格好をしていたら、そうなるだろう。恥ずかしい。
 試験の緊張も合わさって、いつものゴーグルになんとなく触れてしまう。
 コーディネートという名の武装を手伝ってくれたユマくんは、弾けるような声だった。
「めちゃめちゃ強そうでいいと思う!」
 サムズアップしてくれた彼は、裾が広い水色のコートに、深い青のボトム、いつもの紫のグローブ、それと同じ色のブーツだった。相変わらずフードはかぶっている。
 カラーのスペクトルが青中心の人のコーディネートだ。
 なんで僕に貸してくれたような服持ってたんだろう。サイズも全然違うのに。
 質問できる雰囲気でもなく、僕は落ち着かなさに背を丸めた。
「えっと、ちょっと、すごすぎない……? 光り始めないこれ……?」
「何言ってるんだ! 今期の成績がかかってるんだぞ!
 自分のカラーをゴリ押せる服装で来いって言われてただろ!
 それだけじゃあない!
 優秀者はドラグーン試験の受験資格が貰えるんだ!」
「そうだね……」
 ユマくんが胸ぐらを掴む勢いで僕に詰め寄った。
「こら。今、自分には関係ないとか思っただろ」
「ひえっ、いや、ははは……」
 その時、僕らの脳内に声が響いた。
『入場ゲートへ移動してください。繰り返します。事前伝達してある番号のゲートへ移動してください』
 心話術という、あらかじめ陣を結んだ相手に声を届けられる技術だ。だいたいの指示はこれで飛んで来る。個人同士で結ぶこともできるけど、僕は友達がいないので、家族以外に結んでいない。あ、少し悲しくなってきた。
 黙っている僕を、ユマくんがガクガクと揺さぶった。
「あーきーらーめーるーなー!」
 だいぶ身長差あるんだけどなあ。
 励ましてくれること自体が嬉しくて、僕は笑ってしまった。
「うん。ありがとう」
「……お、おう。
 あっ、オイラ入場こっちだ。じゃあなマックス!
 互いに健闘を祈ってるぞ!」
「うん!」
 ユマくんに手を振り、僕も自分のゲートへ向かった。
(あとで、ユマくんにも結んでもらえるか聞いてみようかな)


 □■□


 1番ゲート前、受験生の間に戦慄が走っていた。
 例の編入生がまたも雅を怒らせていた。二人とも腕組みをし、互いに目もくれない。
「構ってちゃんか? オイラ、性格悪い奴はお断りだ」
「願い下げだ。自分より劣っている者を構うのでお忙しいと見受ける。虚栄心は満たされたか?」
 雅は、特注の真っ赤な服だった。わざわざ学生のうちから服を誂えることは、彼の生家では珍しくない。
 前開きで丈はくるぶしまであり、裾には豪奢な花々が刺繍されていた。品を損なわない程度に、金色の糸が随所に散りばめられている。彼のカラースペクトルには、非常に稀な金が混ざっているからだった。それもあり、両腕の籠手とブーツは黄色味を帯びた金色だった。反してインナーは上下ともに真っ黒で、赤と金を鮮烈に引き立てている。
 お互いに顔を合わせて数秒でこの有様だったが、今回はユマの様子が違った。
「劣っている者とは、誰だ?」
「何……?」
 ここ数日では聞いたことのない、静かな声だった。
「マックスはどこも劣っていない。人に優しくできる人は、強い人だ」
 雅は、フードに隠れて見えない目に射抜かれたような気がした。反論が遅れる。
「…………ふん。貴様以外の者は皆意見が一致しているが?」
「おやあ? 外交を意識しなければいけないのに、多数決に流されてていいのかな?」
 してやったり、とユマの口端がつり上がった。
 雅がそのニタニタ顔へ舌打ちをすると同時に、ゲートへ試験官が現れ、彼の反撃の機会は失われた。


 □■□


「6番ゲート担当、魔女科教諭の千景です。
 試験内容の説明をします」
 ユマくんと別れゲートで待っていると、魔女科の先生が現れた。男の人なんて珍しい。
 千景先生は魔女科共通の真っ黒な三角帽にローブ、そして片手に箒を持っていた。
 遠目だから自信ないけど、他の魔女科の人に比べて生地の黒色が強い気もする。指や足の甲が見える靴で、顔と手の肌色と合わせて、浮かび上がるようだった。そもそも、そんな靴を履いている魔女を見たことがない。
 先生は淡々と説明を始めた。
「君たち騎士科の課題は、魔女科が製作した的の破壊です。
 普段の的と異なり、岩や金属でできたもの、自立行動するものもあります。
 それぞれ点数を振られていて、固かったり強かったり、破壊の難しい的は高く設定してあります。
 高得点の一体を狙うも、雑魚を量倒すも自由です。
 ただし、これは魔女科の錬成試験でもあります。
 君たちの攻撃をどれほど防げたかを判定するので、的には全力でカラーが込められています。
 なので簡単には壊れませんし、ゴーレム型には反撃されます。
 以上、質問はありますか?」
 手は上がらない。
 千景先生が思い出したように言った。
「ああ、そうだ。
 試験会場の森からは出られないようになっていますが、トラブルはつきものです。
 油断しないように」
 僕が緊張で俯くと、足元を青い光が駆け巡った。陣だ。
 同時に千景先生の声がする。
「それでは転送します。舌を噛まないように」


 □■□


 試験の森で、強烈な赤い光が瞬く。
 雅は一度の閃光で二つの的を破壊した。
 周囲の同級生たちが、試験中ながらも呆気にとられる。
 気にも留めず、雅はさらに高得点の、金属製の硬い一体をあっさり破壊した。
 少し離れた場所で水色、次いで紫の光が煌めく。
(……カラーの分離は及第点か)
 光はユマが放ったものだった。
 雅が見る限り、ユマは自分の色と相性が良い的を狙い撃ちしているようだった。
 その時、水色のフードが勢いよく雅を振り返る。
 青い光が雅の横を駆け抜けた。的が崩れる音がする。
「危なかったなあ? 首席クン」
「……ふん」
 雅がパレットをユマへ向けた。
 居合わせた同期たちは、万が一を想像して慄く。
 しかし放たれた赤い光は、ユマの後ろで腕を振りかぶるゴーレム型を砕いていた。
 雅はパレットを手のひらで回して嗤った。
「油断禁物だぞ。おちびさん」
「はあ〜!?」
 試験そっちのけで喧嘩しかけたその時、大量の羽音が森に響く。
 虫の群れのように現れたそれは、陣で岩に羽をつけた的だった。小柄なユマでも抱えられそうな大きさで、羽も薄い岩でできている。
 大した俊敏性もなく、数こそ多いが、明らかに雑魚だった。
 点数の足りていない受験生がこぞって破壊へ乗り出す。
 しかし、大半はユマと雅があっという間に壊してしまった。
 破片となった岩が散らばり、森が静まり返る。
 ユマはオラオラと雅へ寄った。
「なんだ、やんのか? っておい。聞いてんのか」
「……妙だ。この群れだけレベルが低すぎる」
「は? それがどうし——」
「!!」
 一瞬の出来事だった。
 雅の視界の端で、影が縦に伸び上がる。
 彼はパレットを向ける。しかし何かに腕ごと飲み込まれる。
 影の体積は増え、ユマへ及びかけていた。
 それを見とめた雅は、咄嗟に水色のコートをひっ掴んで放り投げた。
 引き離されたユマが尻餅をつく。
「いでっ! な、お前……!」
 雅の腕をパレットごと飲み込んでいたのは、岩だった。
 群れで襲来したあの的が、破壊された後に集合し、雅を巻き添えにして壁のように積み上がっていた。
 ユマを投げた結果、彼は岩壁へ背を向ける形になり、もう片方の腕まで埋められてしまった。
 そして急に風が吹き荒ぶ。
 空気の流れが向かう先で、丸い闇が大口を開けていた。枝も別の的の破片も吸い込まれてゆく。
 その場でただ一人、雅だけがそれに見覚えがあった。
(なぜ試験で……!?)
 果敢にもユマがカラーを放つが、それさえも闇の向こうへ消えていく。
「うっわなんだアレ!?」
 雅は動けないままで叫んだ。
「よせ! “ブラックホール”だ! 手当たり次第にカラーでも何でも飲み込む!
 黒の性質は吸収だ!」
「はあ!? じゃあどうするんだよ!」
「コアを破壊するか、吸収を上回る光量で吹き飛ばすしかない!」
「あんなの相手に!? ていうか試験で出す光量じゃないだろバグか!?」
 雅がハッとする。
「遅いが近づいている! 飲まれる前に逃げろ!」
 日頃“逃げる”など辞書にもない、学年最強を誇る彼の言葉。
 青褪めた受験生は一斉に走り去る。
 しかしユマは、雅に纏わりつく岩へカラーを放っていた。
「ありゃ!? 全然壊れないな。う〜ん……」
 岩は訓練用の的より速く再生した。
 ユマは両手で岩を引っ張ってみるが、案の定ビクともしない。
 雅は数秒呆気に取られてしまった。
「何をしている貴様! 行け!」
「だってお前、オイラを助けただろ!」
「ぐ、う然だ「ていうかコアどこだ!? とりあえず顔狙っていいか!?」
「巫山戯るな! いいから行け!」
「そうしたらお前はどうなるんだ!!」
 ユマの、今日一番の怒鳴り声。
 その直後、何かが木々を掻き分け近づいてくる音がした。
 ブラックホールに、動けない雅。さらなる新手へユマが構える。
 茂みを突き破って転がり出たのは、目に痛い黄色——悲鳴をあげながら転がるマックスだった。
「うわあああああ!」
 受け身を取るが勢いが良すぎたのだろう。
 連続前転を披露したマックスは木にぶつかって止まった。
 そして彼が出てきた茂みから、兎を模した的がひょっこり顔を出す。
 頭にコア剥き出しの、十中八九サービス要員として作られた簡単な的だった。製作者も、まさかこんなにも苦戦されるとは思うまい。
 それは飾り程度の追跡機能を持っているらしく、マックスへぴょんぴょん飛んでいく。
 追い詰められたマックスは強く目を瞑った。
「ごめんねっ……!」
 そして彼は、コアを蹴り飛ばした。
 吹っ飛ばされた核が大木へ当たって砕け散る。
 一息ついたマックスは、そこでようやく二人に気づいた。
「ユマくん……雅くん!?」
「最もお呼びでないわ貴様ああああ!!」
 雅の怒号が轟いた。
「ご、ごめん!? それどうしたの!?」
「マックス、とりあえずアレがヤバいんだ! 逃げて!」
 ユマの指摘でマックスがブラックホールを振り返った。
「うわあああ何あれ!」
「ごめんその流れさっきやった!」
「失せろ貴様ああああ!!」
 その時、的の残骸がマックスに衝突し、ブラックホールへ吸い込まれていった。
 マックスのゴーグルが巻き添えにされ飲み込まれる。
 大きく口を開けた黒の中心がわずかに光った。
「痛っ……あ!?」
「マックス、離れるんだ! アレはカラーですら吸収する! コアもわからなくて壊しようがないから——」
「今、吸い込む瞬間にコアが見えたんだけど……」
「……ベタだな! 本当に試験用だったんだな!」
 ユマが辺りの木片や破片を手当たり次第に投げ入れ始め、同時にカラーを放つ。
 一方のマックスは兎型の核を拾い、雅を捕らえる岩へ押し付けた。
「貴様何を……!?」
「こうすると、作動中の的はコアを間違えるから取れるんだ!」
 ユマが攻撃を続けながら「うっそ知らなかった」と呟いた。
「何回もこうやって先生に助けられたから」
 マックスは必死に岩を引き剥がす。
 必死すぎて、雅が驚いたような、困惑したような顔をしていたことに気づかなかった。
 そして、ブラックホールもじわじわと近寄っていた。
「マックス、それどのくらいかかる!?」
「数が多くて固い! 全然終わんない! 腕を抜けるように開けていってるけど……!」
「実は黒いのが結構近い!」
 ブラックホールへと流れる風が強まっていた。
 びゅうびゅうと風音が強まる中、雅が声を張る。
「間に合わぬ! もう行け!」
「うるさいお前は腕動かすとかちょっとがんばれ!」
「これは試験であり訓練だ!
 実戦と同じ振る舞いをしろ! 全員共倒れなど最悪だぞ!」
 いっとう大きな声を出したのはマックスだった。
「君一人を置いてなんて行けない!」
 その時だった。
 ユマの、人より小さな身体が風で浮く。
「うわっ!!」
「ユマくん!」
 慌ててマックスがユマを抱えて繋ぎとめる。そしてユマが手放してしまったパレットも掴んだ。
 瞬間、パレットが縦真っ二つに割れた。
「え!? ユマくんごめん!パレットが……!」
「安心してくれ! 予備は持ってる!」
 雅は、その特徴的な割れ方をよく知っていた。自分に合うパレットがわかるまで散々見てきたものだった。
 彼の脳裏に、先日の訓練がよぎる。
(パレットの縦割れは“供給過多”……!
 カラーは触れているものの影響を受ける。
 今、此奴が水色に触れた状態でパレットを持った。そして割れた。
 あの時も、二人が触れた状態で、偶然俺様の的へカラーが当たったのだとしたら……!)
 半ば賭けだった。
 雅が声を上げる。
「おい! 俺様の予備を使え!」
「あ? 予備はあるって——」
「貴様だ、マキシマム!」
「え!? なんで!?」
 マックスは素っ頓狂な悲鳴をあげた。
 雅が捲したてる。
「いいから! 合わせの内側にある!
 貴様はその小さいのに触れている状態で撃て!」
「ユマだっつーの!」
「小さいの、貴様は何か投げ入れコアを露出させろ!」
「聞いてんのか!
 だいたいマックスのカラーは黄色だぞ! なんか考えがあるんだろうな!」
「ああ! 早く撃て!」
 マックスは、案の定雅の予備を取り出すことにもたつき、ブラックホールは目前まで差し迫っていた。
「早く撃てと言っているだろうがああああ!!」
「ぎゃー飛ぶ!! オイラ浮いてる!!」
「ご、ごめん!!」
 もはや暴風の中、マックスは雅を捕らえる岩に捕まっていた。
 大柄な彼ですらそんな状態なので、ユマに至ってはマックスにしがみついていた。
 マックスがパレットを構える。
 出力の瞬間。
 風ではためいた雅の、赤い裾が、岩に捕まるマックスの手に微かに触れる。
 強烈な閃光が、三人の視界を覆った。
「…………え?」
 風がそよそよとゆっくり止み、彼らが目を開ける。
 ブラックホールは跡形もない。
 その代わりに、抉れた大地と薙ぎ倒された木々が転がっていた。
 光の残渣が雪のように静かに消えながら降る。
 マックスは情けないほど芯のない声だった。
「た……たおした……?」


 □■□


 あの後どうにか雅くんを岩から解放し、試験を終えた僕らは集合場所へ転送された。
 隣のユマくんは鼻歌でも歌い出しそうだった。
「マックスはやっぱり強いやつだった! あんな光量隠し持ってたなんてなあ」
「隠してはいないんだけど……というか、なんで撃てたのかすらわからないんだけど……
 あっ!!!」
 大変なことに気づき、僕は頭を抱えた。
「僕……壊したのあのウサギだけだ……!」
「なに言ってるんだ。ブラックホールを吹っ飛ばしただろう!
 今回トップ狙えるんじゃないか?」
「いや……あれ、雅くんのパレット使ったから、雅くんに加算されるんだよね……」
「はあ!? なんだその理不尽!」
 まずい。非常にまずい。
 あのウサギが大した点を振られているとは思えない。
 青ざめる僕と、ぷんぷんしてるユマくんから少し離れたところ。
 姿が見えないと思ったら、雅くんは今回も同期のみんなに囲まれていた。
「すげー雅! あのブラックホール倒したんだって!?」
「地形が変わってたって、見た奴が言ってたぜ!」
 みんなの後頭部でよく見えなかったけれど、雅くんの横顔が険しかった気がした。
 各ゲートの先生たちも陣や箒で戻ってきていた。
 僕のいた6番ゲートの千景先生が、ざっとあたりを見まわした後、両手を2度叩く。
 生徒たちがその号令で静まると、先生は口を開いた。
「死人および重傷者はいませんね。結構です。
 これより結果発表を——」
 挙手が先生の言葉を遮る。
 雅くんだった。
 そして先生は、決して冷たくはないけれど、表情を消したように見えた。
「……発言を許可します」
 雅くんの方は、負けじと睨み返しているようにも見えた。
「自分の点数は不当に加算されております。
 ブラックホール分の点を正当な討伐者へ移して頂きたく存じます」
 先生の声に訝しむ棘が混ざる。
「あのカラーを、他に誰かが放ったと?」
「マキシマム氏です」
 他には誰も話していなかったのに、さらに深く静まり返った。
 そして一気にどよめきが噴火する。
 雅くんは語気を強くして続けた。
「パレットは自分の物でしたが、倒したのは彼です! 自分は助けられました!
 彼が居なければ合格していたか……そもそも無事だったかもわかりません!」
 一通り聞いていた千景先生は、僕を恐ろしく冷たい目で一瞥すると、ずんずんと雅くんの方へ向かう。
 無言の剣幕に生徒たちは身を引いて道を開けた。
 そして先生は雅くんの目の前に立つと、凄むように言い放った。
「パレットを確認します。最後に使ったのは彼ということですね?」
 雅くんがぐっと言い淀む。
 先生は、彼と並ぶと頭一つ分は高かった。雅くんも決して小柄な方ではないのに。
 身長差も手伝い、威圧感を増した声で先生は言った。
「出しなさい」
 雅くんが唇を噛んだ。そして観念したように白いパレットを差し出す。
 再び同期のみんながどよめいた。
「やっぱり嘘じゃん……」
「どういうこと? 雅、弱みでも握られたの?」
 ざわつきにユマくんが吠える。
「違うぞ! 本当にマックスが倒した!
 この目で見ているし、なんならオイラだって助けられた!」
 擁護してくれたことは有難いけれど、このままではユマくんにまで妙な誤解が生じてしまう。 
 焦った僕は、無意味にキョロキョロと視線を彷徨わせていた。
 ふと、千景先生の様子がおかしいことに気づく。
 雅くんもそう思ったのか、首を傾げ、珍しく眉を下げていた。
 先生は凍らされたかのように、口だけを小さく動かした。
「…………違う。これは」
 そして、泣き出しそうに見えるくらい、目を丸くして言った。
「透明だ」