ルピナス

 花言葉:多くの仲間 あなたは私の安らぎ 母性愛


 カズラは、開けっ放しの扉へ銃を向けていた。
 誰もいないと思われた暗闇から若い男が現れた。
「おい……こりゃどういうこった」
 青い髪と瞳の男が、わけもわからず両手を上げていた。さっぱりした短髪に精悍な顔立ちで、袖を捲った腕は筋張っている。労働層なのか、ゆったりした作業着らしきツナギを着ていた。
 悪魔か人間か、アンカリアが判断する間もなく銃声が響いた。それも一発や二発ではない。弾にも込められていた日光が炸裂する。
 唖然とするアンカリアの脳に、カズラの珍しく張り上げた声が届いた。
『解除!』
「えっ!?」
『今すぐだ!』
「は、はい!
 Gambir iubeo Ramulus 鼓動を解け!」
 カズラの首から、黒い模様が浮き上がって剣の形を成していく。それは決して遅くはないのだが、彼は完成を待たずに駆け出していた。
 黒の剣(アンシス)がまだ止まない日光へ振りかざされた。だが大きな音と共に弾かれる。
 わずかに走った別の閃光に、カズラは後退を余儀無くされた。
 太陽光が消えると、ツナギの男は無傷で余裕たっぷりに笑っていた。その目は青く光っていた。
「物騒だなあ。オレが人間だったらどうすんだ?」
 カズラは一分の迷いも無く吐き捨てる。
「有り得ない」
 そして彼は再び剣で切り掛かった。片手、両手と使い分けて巨大なそれを振り回す。速度は衰えを知らず、むしろどんどん加速しているようにも見えた。ブラウンの瞳に宿る、怨念じみたものも沸々とし、今にも噴火しそうだった。
 青の男は猛攻を紙一重で避けていた。追いつけないのではなく、やる気がないゆえの身のこなしだった。そのまま、天井だった虚空を見上げる。
「作戦変更だ。オマエはそっちの嬢ちゃんをやれ」
「アイアイサー、マクスウェル」
 返事の主が音もなく降ってきた。アンカリア達から少し離れた場所に無音で着地する。
 それは、膝まである赤い髪に、凝った白い祭服を着た、おそらく男だった。おそらく、というのも整った顔は中性的だが、ふざけてセリフを読むような口調は明らかな男声だった。だがモノクルをした青い目は光っていて、悪魔であることは間違いなかった。
「ご機嫌麗しゅう、小さなレディ。あたくしクロウと申します」
 嬢ちゃんと指されたアンカリアへ、クロウはセリフばかりが恭しく、しかしロクに頭も下げないお辞儀をした。
「そして、愉快な仲間達でございます」
 両腕を広げるクロウの後ろから、夥しい量の異形が這い出て来た。足の本数や形などが違えど、総じて全身が影のように黒い。天井の穴からも涌き、破損した壁を伝って降りて来る。教会を埋め尽くさんばかりの黒い波は、アンカリアとカズラ達を簡単に分断した。
 鳥肌を押さえたアンカリアは、再び銀の玉を旋回させた。ストックが底をつきかけているが、勿体ぶっている場合ではなかった。彼女はその一つを床に叩き付ける。
「Paries!」
 日光が液体のように地面へ流れ、アンカリアの足元や気を失っているウィンの身体もくぐり、陣を描いた。彼らを中心にした円は光の柱となって、悪魔を退ける。
 だが、呪文で強化されているとはいえ、一つ分の光量では結界の円柱が消えるのも時間の問題だった。
 クロウを追い越し、異形の群れがアンカリア達へ迫る。
 だが彼女は動こうともしない。
 赤髪の悪魔は神父服の袖で緩む口元を押さえた。
「その場しのぎの結界とは、判断を誤りましたね。ジュニアを抱えて逃げる方がまだ、可能性は有ったでしょう。逃がしませんけど。
 ……いい目をしていますねえ。そして無視ですか」
 アンカリアの黒い瞳は、近づく異形達を見据えている。クロウの戯れ言など一切耳に入っていないようだった。彼女はすっと腕を前に出した。
「————」
「はい?」
 クロウは首を傾げた。彼女の口が小さく動いたように見えたのだ。
 直後、彼はその姿勢で目を瞑ることになる。
 辺りが真っ白になった。
「…………これはこれは」
 視界を焼く光が止むと、アンカリア達のまわりを占めていた異形が跡形も無くなっていた。さらにクロウの表皮まで爛れている。
「どういうことでしょうかね」
 ずり下がったモノクルを直した頃には、彼の表皮は元に戻っていた。クロウは顎に手を当て、ニヤニヤとからくりを思案する。
 アンカリアの周辺には、まだ銀の玉が浮遊している。異形を薙ぎ払うほどの出力のわりに、数がほとんど減っていなかった。
 その時、クロウの青い目に何かが——割れた鏡が反射した。教会の窓やステンドグラスの破片に混じり、落ちたとは思えない角度で置いてある。
「……そういうことか。
 口にしたのは、鏡を移動させる呪文。腕は、床から視線を逸らさせるため。そして日光を乱反射させる」
 別人のように独り言を呟くと、クロウは大げさに手を打ち鳴らし、足元の鏡を踏み砕いた。
「なるほどなるほど! 実に素晴らしい作戦です。簡単ですが強力でした。
 余裕ぶっこいていたマクスウェルもこんなことに!」
 クロウはゲストを招く司会者のように腕を伸ばした。
 その先で、マクスウェルと呼ばれた青い悪魔は、運悪く身体の三分の一ほどを失ったらしい。左の膝上から胸元まで、闇が再生のために蠢いていた。
「その嬢ちゃん怖いんだけど。クチナシまでがっつりダメージくらってるぞ」
 マクスウェルが言う通り、少し離れたところでカズラが膝をついていた。
 クチナシも悪魔と同様、太陽の光が弱点である。
 しかしカズラには外傷らしきものはなかった。だが彼は黒い剣(アンシス)を支えにし、片手は吐き気を抑え込むように力づくで口を覆っていた。狂気を引っ込ませた目も焦点が定まらず、身体も震えていた。
 アンカリアの脳裏を嫌なものがよぎった。
(まさか、悪魔化……!)
 彼女の予感は、カズラが支えにしていた剣の刀身を握りしめたことで確信に変わった。
 剣に血が滴り、その中が波打つ。
 カズラは中間物質(デミ)を自分に送り込んでいた。
「Gambir iubeo Ramulus 鼓動よ眠れ!」
 アンカリアは咄嗟にクチナシを封じた。本来、敵前では有り得ないが、迷っている暇はない。
 カズラが悪魔になりかけている証拠として、呪文がなかなか効かなかった。
「Gambir iubeo Ramulus! 鼓動よっ眠れ!」
 アンカリアがもう一度力ずくで唱え、ようやく彼は血塗れの手を解放した。そのままカズラは糸が切れたように崩れ落ちる。
 象形文字となってカズラの首に溶ける黒い剣を、マクスウェルは興味深そうに目で追った。
「面白いなそれ。首輪になってんのか」
 チャキ、と冷たい金属音が響く。
 マクスウェルが一歩近づいた時、刺すような眼差しと、銀の銃口が彼へ向いていた。
 アンカリアが、カズラの盾になるように割って入っていた。
 彼女は射撃が大の苦手だった。狙い通りに当たらないことも、撃鉄の衝撃も、人を殺めかねないことも、全てを嫌悪した。それを悟られないよう、震える腕を叱咤し両手で銃を構えていた。
(撃たなきゃ……! 早く……!)
 外しようのない至近距離に標的がいる絶好のチャンス。かつ、早く撃たねば自分がやられてしまう危機。しかし、アンカリアは引き金がどうしても引けなかった。
 一方、マクスウェルの大怪我は完治に近い段階で止まっていた。だが彼は動けなかった。目の前の小さく脆い生物が、身の危険をかえりみず結界を飛び出した意味がわからず、硬直していた。
 そして、似たような光景に覚えがあった。
 古い記憶なので曖昧だが、たしかカズラの位置にいた人間を八つ裂きにした。しかしアンカリアの位置にいた誰かを、どうしたかが思い出せなかった。
「…………うう」
 膠着を破ったのは、子どもの呻く声だった。
「ウィン君! きゃっ!」
 アンカリアの隙を見逃さなかったのは、クロウだった。一瞬で距離を詰めると、銀の銃を蹴り飛ばす。そして、我に返ったマクスウェルの襟首を引っ掴んだ。
「マクスウェル、再生が止まっている。あなたはディナーにした方がよろしいかと。ついでにジュニアをお願いします。今もう一度寝かせますが、起きられると面倒だ」
 クロウはそのまま有無を言わさず何かを唱えた。言葉というより雑音のような掠れた鳴き声だった。
 すると、再び涌き出た異形達が光の結界へ自滅をものともせず突っ込む。そして光が揺らいだ合間を縫って、クロウが少年を引きずり出した。
「神父様……アンねーちゃん……?」
「大丈夫ですよ、ジュニア」
 荒技でクロウの腕は溶解し、異形の何体かは灰となっていた。
 そして神父の皮を被った悪魔は少年を抱き締め、その朧げな意識を軽い電撃できちんと絶った。
 マクスウェルが、クロウから力の抜けたウィンを受け取り、比較的無事な方の肩で担いだ。
「嬢ちゃん、アンっていうのか?」
 アンカリアは答える代わりに銀の玉の追撃を見舞った。
 しかし、それは捨て身の異形によって遮られる。灯りに群がる羽虫のように、また異形が集まってきていた。
「ツレねーなあ」
 落ち込みもせず薄く笑いながら、マクスウェルはお飾りとなった扉から闇へ姿を眩ませていく。瞳の青い光が最後まで残り、消え側にアンカリアへ言った。
「蘇ったら遊ぼうぜ」
 いきなりの銃声と日光。アンカリアではない。
 だがマクスウェルはあっさりとそれを躱し、完全に姿を消した。
 カズラが膝をついたまま、アンカリアの銃で発砲していた。だが銃の重みにすら耐え切れず、彼の腕はがくんと落ちる。ブラウンの瞳はマクスウェルが消えた暗闇を睨み続け、体内で暴れ回る激情に歯を食いしばっていた。
 クロウは再び、ZとJを混ぜたような気味の悪い音を出した。涌いた異形がさらに数を増やしていく。
「さてさて、このショーも終盤に近づいて参りましたが遺言はございますか? 必ず蘇るわけではございませんからね。
 特に小さなレディ。あなたは彼のお気に召したようです。是非、同胞に生まれ変わってくださいね……おっとっとっと」
 アンカリアは鏡の破片をばらまき、銀の玉を二つ弾けさせた。
 クロウは少し離れた壁へ、垂直に立った。鼻先が溶けたがあっという間に治っていく。
「危ない危ない。
 あなたはご自身のか弱さをよく理解してらっしゃる。だからこそ不意打ちがとてもお上手だ。決して卑怯と言っているのではありませんよ? あなたを相手に接近戦は馬鹿げているということです」
 彼は人差し指を口に当てる。真っ赤な唇が裂けるように弧を描いた。
「迂闊に近づけば、驚くようなところに仕込んだ光が破裂したり、あの大剣が飛んできたり、素敵な奇策が待ち受けているでしょう。
 まあ、そのクチナシはもうダメかもしれませんが」
 カズラはまだ立ち上がれずにいた。
 アンカリアは彼を守るため、小間切れに日光を炸裂させている。
 しかし闇色の異形はどんどん増え続けていた。
 高みから見物するクロウが両手を広げ、また虫の羽音のような音を出して笑った。
「そんな時は、数で攻めるといいんですよ。人間もクチナシも、体力は有限ですから」
 彼が言った直後、壁に開いた穴から黒い波が流れ込んできた。それは突き進みながら、口を開けるように上下に分かれる。
そして、アンカリア達を囲む異形を片っ端から飲み込んだ。
 さらに銃声が六発。黒い激流に気をとられていたクロウは、そのうちの二発を避け切れずにくらう。
 波の奥から、高圧的な女の声が飛んできた。
「あーら。仕留めたつもりだったのに」
 銃を装填する音と共に、同じ顔をした二人が、ぐちゃぐちゃの教会で踵を鳴らした。アンカリア達と同じマントを羽織り、銀のブローチは椿の花。
 対悪魔機関ガーデニア所属、カメリア班の双子だった。
 二人はどちらも黒髪に紅の瞳、白い肌をしており、精巧な人形のようだった。違いといえば髪の長さだけで、片方は顎まで、もう一人は胸まで伸ばしている。
 短髪の方の瞳は、光っていた。
「ツバキ、チャチャ!」
 思わぬ加勢にアンカリアが二人の名を呼ぶ。
 すると髪の長い女、ツバキがアンカリアのすぐ後ろを撃った。
「余所見しないのよ、アン」
 アンカリアに忍び寄っていた異形が崩れ、黒い砂が舞った。
 一方、異形の群れを蹂躙した黒い波は、残党を飲み込みながらクロウに突撃した。それは片割れ、チャチャの足元へ繋がっていた。
「おやおや! 新手と思いきや存じていますよ!
 同族殺しの……」
 クロウの言葉にツバキの放った銃声が被る。
 爆裂した光から抜け出したクロウを、チャチャの影が待ち構えていた。黒の影(ニグレード)という、カズラのアンシスと同じく中間物質で満たされた影だった。
 そこで初めて、クロウの青い目が鋭く細められた。彼は電撃を飛ばし、壁に残っていた大きな照明器具をニグレードへ落とす。質量を持つ影は、直撃した落下物により悪魔を間一髪で取り逃がした。
 大きな照明を失い、教会が暗くなる。
(人間の目ではまだ慣れていないでしょう)
 爪を鋭くしたクロウは壁を蹴りつけ加速し、ほぼ一瞬でツバキの首元を裂いた。
 だが、なぜかその身体は地に伏せず、にたりと笑いを貼付ける。赤い瞳が光っていた。
 ツバキと思っていたそれはチャチャで、クロウは舌打ちをこぼす。
「チッ」
 しかしクロウは特に焦っていなかった。
(あのようなタイプは接近戦が苦手ですからねえ。そのフォローをするために相方がいますが、まだ視界の利はある。まずは、あの厄介な双子から始末しましょうか)
 クロウはそう考えていた。
 優先順位を落とした少女が、いかに諦めが悪いかを失念していた。
 クロウの死角から無数の球体と共に、アンカリアが飛び出した。
「ここぞという時は、数で攻めるといいんですよ。人間もクチナシも、武器も有限ですから」
 銀の玉が全て弾ける。日光が炸裂すると同時に、漆黒の剣が後ろからクロウを貫いた。
 見開かれたクロウの青い瞳に、分厚い本を広げるアンカリアが映った。
「ligatur 悪魔よ封印を受けろ!」
 彼女の呪文で白紙が光を放ち、悪魔に向かって小さな竜巻を起こした。
 アンカリアの黒いベレー帽が飛ぶ。
 竜巻へ、溶けていたクロウの表皮や、胴体の傷口から漏れる黒い砂が吸い込まれ始めた。砂は、悪魔と本を結び、どんどん太くなっていった。
 クロウの背後を取っていたカズラは剣を右に払い、そのまま振り上げて悪魔の腕を落とした。
 それすらも白いページが吸収し、クロウの腹の風穴と腕の切り口から砂が溢れ続けた。本に繋がる黒い束は数も増えていく一方。まるで悪魔を縛り付ける鎖だった。
「……根性ありますね。小さなレディ」
 アンカリアの黒い瞳は人間のものなのに、ぎらついているように見えた。
 クロウは、すでに指先まで中間物質に侵蝕されており、服の下は末梢から砂となっていた。カズラの剣で発電器官も破壊されてしまっている。
 悪魔は、安堵したように笑った。
「全く……あたくしでよかった。あたくしごときを封じても、なんの足しにもなりませんからねェ」
 残り少ない身体で、クロウは太陽を受け付けなくなった夜空を見上げる。
「…………さらば、マクスウェル」
 風が止むと、ボロボロの神父服が砂山へ落ちた。


 中間物質を用いた退魔には、二つの方法がある。悪魔が砂になるまで送り込む通常の方法と、本(カルケール)を使う方法だった。
 通常法では、悪魔が治癒する速度を上回って中間物質を注入しなくてはならない。しかし後者では、再生する前に吸収できるため、中間物質の消費を抑えられた。
 中間物質で悪魔が砂になるのは、彼らに人間としての存在がないためと考えられている。その存在の空白を砂ではなく、特殊な書物を宛てがい“本の中のもの”とすることで封印していた。


 もはや原型をとどめていない教会で、呪文で留められた日光がぼんやりと明かりの役目を担っていた。悪魔の奇襲避けの為に、明かりは広めの範囲に点々と浮いていた。
 アンカリアの持つ本には、赤い髪の悪魔についてびっしりと文字が浮かび上がっていた。クロウの悪魔としての生まれから所業、そして封印の時まで細かに書かれている。
 何気なく目を落としたアンカリアは、違和感に気付いた。
(この悪魔、なんだか変。こんなに経歴が飛んで……)
 黒い文字を追っていると、突然その本が閉じられた。
 アンカリアが驚いて顔を上げると、応援のうちの一人、ツバキがいた。彼女の艶やかな長い黒髪が揺れていた。
「あんまり読むと、召還しちゃうわよ」
 ツバキは深紅の瞳を細め、落ちていたベレー帽をアンカリアに被せた。
「うん。助けに来てくれてありがとう、二人とも」
「いいえ。……あら、どうしたの?」
 ショートヘアの片割れ、チャチャが無言で甘えるように、ツバキの腰へ腕を回した。肩に頭を乗せたチャチャは、咎めるような視線をカズラへ向けていた。
 カズラは眉間の皺は深々と刻まれている。
 クチナシ二人はすでに封をされ、心話術で会話していた。アンカリア達も使わなければ、彼らの声は聞こえない。
 蓋を開ければ、“男同士”の罵り合いだったが。
『絶好調だったみたいだね、カズラ。一匹狼気取りの君が、取り乱して暴走しかけるなんて。アンに危害を加えていたら処分対象だったよ』
『……最初から居やがったな、変態女装野郎』
 カズラのただでさえ色香の濃い、背筋をぞくりとさせる声がさらに低くなっていた。
 だがチャチャはしれっとしていた。
『合図は送ったよ? わかってて無視してたのかと思った。夢中だったんだね、冷静沈着なカズラ君が。
 あとこれは女装じゃないよ。僕は愛する妹と同じ格好をしたいだけ』
 チャチャがツバキへさらに身を寄せると、黒いマントの下がちらりと覗く。二人は服装までも同じだった。
 揃いの黒いヘッドセットとワンピースには、白いフリルがほどよくあしらわれている。膝丈の裾からはパニエのレースが見え隠れし、少女らしさを強調している。しかしブーツとの隙間に存在するわずかな肌と高いヒールが、さりげなく色香を放っていた。
 どこからどう見ても、男女の二卵性双生児とは思えなかった。
 カズラは、さらに絡み合う双子の、特に兄へ吐き捨てた。
『気持ち悪い』
『その気持ち悪い奴に助けられちゃったのは、誰だろうね』
 悪魔を封じた直後だというのに一触即発。
 ツバキは兄の髪を梳きながら、やんわりとその空気を絶った。
「でも、今回のは本当に心配よ。アンが止めてくれたからよかったけれど、あれが初めてじゃないんでしょう?」
 目を逸らしたカズラに代わり、アンカリアが頷いた。
「これで二回目。前は一瞬だったんだけど……」
「そう。本人はもっと心当たりがありそうね。
 やっぱり一度、庭へ戻って点検してもらいなさい。ただでさえ帰ってこないんだから」
 カズラは苦い顔をした。駄々っ子のようにも見えた。
『……この件が片付いたら戻る』
「ダメよ。さっきの奴とまた戦うことになる。今度こそ止まらないわよ?」
『あいつだけは、どうしても……!』
 カズラの瞳の奥底に、また暗いものが渦巻き始めた。彼はこの場にいない何かを睨みつける。
 チャチャは愛しの妹からするりと手を離すと、カズラの膝裏へ蹴りを入れた。
『っにすんだ!』
『ここは僕らが引き継ぐ。ジャスミンからの指令付きだ』
『は? お前……!』
『先に言えって? わかってただろ。ここからはもう僕らカメリア班の管轄だ。
 それとも悪魔に堕ちる気? あいつらと同じになっちゃうんだ?』
 馬鹿にしたような口調だが、チャチャの紅の目は真剣そのものだった。
 カズラは言葉を失い、俯いて拳を握りしめる。彼は踵を返し、瓦礫を蹴散らして出て行った。
「カズラ!」
『アン』
 少女にしか見えない少年が、アンカリアを引き止めた。
『ガーデニアまであいつをよろしくね。これで来るようなバカだったら、処分するから』
「……きっとチャチャの言うことなら聞くよ。任せて」
 アンカリアは素早くケースを回収しカズラを追った。
『よく置いてかれるのかな、アン』
「あなただったら待ってくれるかしら。カズラと仲良しだものね」
『誰があんな奴と。ヤキモチ?』
 チャチャは最愛の女性と指を絡めながら、唇を寄せる。ツバキはうっとりとそれを受け入れた。
「さあ」
 くすくす笑う妹に、兄は間が悪そうに目を泳がせた。
 ツバキは彼の頬を優しく両手で包みこむ。
「機嫌直して? お仕事に行かなくちゃ」
 同じ顔の二人は額をこつんと合わせた。
 ほの暗く、教会だった廃墟は静かで、世界に誰もいないようだった。