「ふんぬらああああああああああ」

 むかしむかし、ある山の一角で雄叫びが響き渡りました。声の主から熱い抱擁を受けた丸太が木っ端微塵に砕け散り、それを眺めていた銀髪の青年が、こめかみを押さえ溜め息を吐きました。赤い瞳は伏せられて、森に溶けそうな緑色の長いローブと三角帽が、同意するように揺れています。

「修練場を新しく作るって言ってたけどさ、半日で開拓しちゃうのはどうなの? しかも人力とか聞いてないよ? シンデレラ」

 緩く波打つ金糸の髪に、南国の海を思わせる澄んだ翠の目、色白でまだあどけない輪郭の少女は誰がどう見ても美しいでしょう。しかし振り返った道着姿の彼女こそが、腕力で丸太を粉砕し咆哮を上げた張本人だったのです。

「何回も言ってるでしょ。『万事において身を鍛えよ』が家訓。もう少し早く完成させるつもりだったんだけど、いかに粉々にするかを頑張っちゃったからしょうがない」

 見た目よりさらに幼い声が高い志を語ります。彼女の向こうには“継母”や“義姉”と札のついた大木があり、例外無く脇が削れるどころか抉れていました。折れるのも時間の問題です。

「僕っていう最強のカードを持ちながら……」

「あ・た・し・がシンデレラだからよ! 必ず行くわ、“武闘会”に!」

 言いながら、鋭い蹴りを連発すると“継母”が倒れました。もう何本目かはわかりません。

 年に一回、童話の主人公を決める“武闘会”がありました。ただの喧嘩大会ですが、試合になりそうなスキルを持つ登場人物が、物語代表として出場していました。

 そしていよいよ頭を抱えた青年は、シンデレラの“魔法使い”です。深紅の瞳は史上最強の魔力を示しているにも関わらず、肉体派ヒロインは毎度自ら戦陣に赴きます。

「決定権は主人公にあるからって……あれ。ドレス、最後に採寸したの何年前?」

「さあ。たしかデコルテ強調系のデザインだよね? あたし肩幅広くなっちゃったから多分入んないよ。筋肉もついたし」

「もう! それ以上重くなるのもやめて! かぼちゃから『すげえ軋む。つらい』って毎年クレーム来るんだから!」

「知らん! お前も鍛えろっつっとけ!」

「一緒にしないであげてよ! まさか足のサイズも変わってないよね!? ガラスの靴は発注に時間かかるんだよ!?」

「今年も裸足で行くから問題ない!」

 悲嘆に暮れる魔法使いと、“義姉”に正拳突きを始めたシンデレラの元へお客さんがやってきました。

「シンデレラ~、魔法使いくん~」

「王子!」

 毒気を抜かれるのんびりとした口調は、この世界唯一の王子様です。転んでしまったのか、彼の黒髪は葉っぱまみれでした。国宝である王冠も泥だらけです。

「どうなさったのですか」

「そこで沼に落ちちゃった~」

「相変わらずナヨいな」

 えへへ、と恥ずかしそうに笑う王子は可憐な乙女のようです。そもそも王子が無類の格闘技好き(観戦のみ)で『一番強い人がお姫様役ね』とのたまわったのが事の始まりでした。

「王子は何しに来たの?」

「もうすぐ大会だからシンデレラを迎えに」

「物語が完結してしまう」

 

 □■□

 

 半べそのかぼちゃを担ぎシンデレラはお城に着きました。ドレスのサイズがやっぱり合わなくて気落ちしている魔法使いも一緒です。王子は後から山へ来た従者さんに引き取ってもらいました。

 会場は敷地内の闘技ドームです。王子が一存で設置したのですが、せめて王族らしさを残そうというデザイナーの配慮で凝った装飾がなされています。白を基調としたそれらは、豪華絢爛でありながら気品が溢れており、素人目に見ても間違いなく一級品です。

「あらあら、汗臭いと思ったらシンデレラじゃあありませんの」

 シンデレラが舞踏会のようにきらびやかな場所へ道着(純白の勝負服。生地が良いものらしい)で来たのは事実です。挙げ句、かぼちゃを収穫直後のように肩へかけています。そこで鼻につく物言いをしてきたのは金太郎でした。シンデレラの因縁の相手です。

「あらあら、田舎臭いと思ったら太郎じゃない」

「“金”つけなさいよ! 桃も浦島もいるのよ!」

「王子狙いの太郎なんてあんたしかいないわよ! このカマ太郎!」

「なんですってえ!?」

 金太郎は有名な赤い前掛けではなく、落ち着いた緋色の着物でした。色とりどりの花が袖や裾に舞い、漆黒の長い髪によく合います。大斧を背負っているので物騒ですが。

「やめなよ金太郎君……」

 見目美しい罵り合いの後ろで、熊がおろおろしています。彼の方がマスコット的な体型で温厚そうです。痴話喧嘩に引いている魔法使いにも、ちゃんと挨拶ができるいい子でした。

「うっさいわよ毛玉! いいこと、シンデレラ? 今年こそあたくしが勝つからね!」

 最終的に申し訳なさそうな熊が金太郎を引きずって行きました。シンデレラはプリンセスとは思えないあっかんべーで、今にもかぼちゃを投げ付けそうです。

「シンデレラ、一回戦からみたいだよ」

「……やってやろうじゃないの!」

 開会式などは王子が待ち切れないのでいつも省略です。魔法使いが指すトーナメント表に彼女の名前がありました。対戦相手を確認するとシンデレラはかぼちゃを放ってリングへ上がります。かぼちゃはしくしく泣いていました。

 絶世の美女は、勇ましく仁王立ちで初戦へ臨みます。彼女の鋭い双眸の先には、既に対戦相手がいました。

「出たわね! 小物七人衆!」

「シンデレラめ!」「今年こそ!」「オレ達が!」「ボコボコに!」「して!」「やる!」「ぞ!」

「あんた達セリフの分配考えなさいよ! 後半がかわいそうでしょ!」

 色違いのコスチュームを着た七人の小人、というには育ちすぎている少年少女が並んでいました。シンデレラと同じくらいの歳に見えます。

「うぬう!」「そうやって!」「オレ達の!」「仲間割れを!」「起こす!」「気!」「か!」「その!」「手!」「には!」「乗ら!」「ない!」「ぞ!」

「あれ? 二周した?」

 シンデレラを放置し、小人達は武器を構えて彼女を囲みました。不良のグループと空手部主将の戦いのようですが、小人の装備がチャチ過ぎます。ちなみに、試合は審判や開始の合図などなく適当に始まります。

 魔法使いとかぼちゃは最前列でジュース片手に観戦していました。かぼちゃは温かいコーンポタージュを飲んでいるつもりですが、実はパンプキンポタージュです。魔法使いは黙っていることにしました。

「……紙ハリセンと輪ゴムが二人ずつ、水風船に、竹馬。今年も手作りなんだね」

「灰かぶちゃんに怪我なんてさせられないもの」

「竹馬に関してはやる気あるの?」

 応援に来ていた白雪姫も隣です。彼女は俗にいう不思議ちゃんなので、人を独特のニックネームで呼んでいました。シンデレラにダメージを与えられないような道具を指示したのも白雪姫でしょう。

 一方、家訓を忠実に守るべくシンデレラは目を閉じ呼吸を整えています。小人は隙有りと一斉に襲いかかりました。

「『全力をもって礼儀となせ』……例年通り手加減しないわよ!」

 吸い込まれそうなエメラルドの瞳をかっ開き、まず竹馬を蹴りで真っ二つにしました。意味不明な破壊力により、その小人がハリセンを持ったもう一人を巻き込んで倒れます。シンデレラは勢いのまま背後の小人へハイキックをくらわせました。小人の無事が案じられます。次に輪ゴムの弾幕を全て見切り片方の狙撃手へ走り出すと、彼を思い切り踏みつけ飛びました。そして華麗な宙返りでもう一人の輪ゴム担当へ着地します。すかさず振り下ろされたハリセンも白刃取りで受け、小人の腕を掴み背負い投げました。最後に、水風船を持った小人が残ります。

「ふうぅぅぅぅぅ………はあっ!」

 美少女が出すには太すぎる気合いで、少し離れた彼へ向かって渾身の正拳突きを放つと、水風船はその場で割れ小人は吹っ飛びました。何を発射したのかわかりませんが完勝です。

「シンデレラすごい! あっというま! かっこいい!」

 特等席の王子が頬を染め拍手を送ります。続いて喝采が巻き起こり、シンデレラは堂々と勝利の右手をかかげました。

 

 □■□

 

 会場近くの庭園はたくさんの花が咲き誇っていました。天国のような優美さに、噴水のせせらぎが憩いを与えます。

「どうして、そこまで出来るの?」

 花々に負けないくらい輝くシンデレラの髪を結いながら、魔法使いが尋ねました。白いベンチに座る彼女からは彼の顔は見えません。

「決まっているでしょう」

 シンデレラの横顔は憂いを帯び、桃色の愛らしい唇が続けました。

「この肩幅と腹筋では、王子くらいしか嫁の行き場が無い」

「身分違いな幼馴染みへの片思いとかはないの!?」

「ないわ、そんなもん! 庇護欲はがんがん刺激されるけど」

 筋肉大好きでべたべた触るからなあ、とシンデレラは見事に割れたお腹をさすります。そこへ白雪姫が大慌てでやってきました。

「こんなところに居たのね! 大変よ! たろちゃんが……!」

 シンデレラと金太郎はお互いの試合を見ません。手の内を明かさず、暴かずという暗黙の友情が男女と女男の間にありました。

 白雪姫の知らせに慌てて彼女達がドームに戻ると、まさに金太郎が担架で運ばれていました。満身創痍で髪も着物もぼろぼろです。

「金太郎!」

「う……シンデレラ……?」

 辛うじて目を開けている彼に、シンデレラは駆け寄ります。殴り合いならシンデレラと互角の猛者に何があったのでしょうか。シンデレラは傷まみれの手をとりました。

「お前がこんなになるなんて、一体……」

「気をつけなさい、厄介なやつよ……負けたら、ゆるさないんだか……ら……」

 金太郎はふっと目を閉じ、その手から力が抜け落ちました。バタバタと運ばれて行く彼をシンデレラは見送るしかありません。

 同じく見送った魔法使いは、その正体を知りました。

「シンデレラ、君の相手だ」

 次の試合はシンデレラ対ラプンツェルの魔女となっていました。トーナメント表では、先程の試合で勝った方が連戦でシンデレラとぶつかっています。

「魔法……? あんた以外にいたの?」

「いいや、ラプンツェルの魔女は結構なご高齢だったはず」

「てるのことかしら!」

 リングの方から元気な声が振ってきました。シンデレラ達が見上げると、魔法使いの証である三角帽を被った幼女がいました。ツインテール、帽子、ローブ、全てピンクです。これでもかというくらいピンクごり押しです。瞳だけはアプリコット色でした。

 シンデレラと魔法使いはなんだ、と軽く溜め息を吐きました。

「あんたそっから降りなさーい」

「そうだよ危ないよ、これからこのお姉さんが暴れるからねー」

「ちょっと、子どもあつかいすんな! てるがその相手だから!」

「あ、ラプンツェル! あのロリはあんたの子?」

 シンデレラが観戦席のラプンツェルを見つけました。カツラでいいと言われていた長い髪を真面目に伸ばしていましたが、先日ようやく切ったらしくショートヘアです。そんな彼女は全体的に押しが弱いことで有名でした。ラプンツェルは申し訳なさそうに顔へ手を当てました。

「えっと、実は魔女が定年を迎えまして……代替わりしたんですけれど、その、ちょっとやんちゃな子で……」

「金太郎以上のやんちゃって突然変異だろ」

「あんたより年下だけど悪役できるの?」

「お、同じ事みなさんに言われました……」

 突き刺さる疑いの目にラプンツェルは萎縮してしまいました。

 リングでは大人達に待たされたちびっ子が痺れを切らしていました。

「もー! この魔女におとれをなしたわけー!?」

「滑舌悪いわね。魔法ばっか使ってると馬鹿になるわよ」

「僕のこと!?」

 状況を飲み込んだシンデレラは颯爽とリングへ登りました。魔法使いはスルーです。

「じゃああんたが金太郎をあそこまで追いつめたってことね」

「そうよ! てるはラプンツェルの魔女、ごーてる! てるたちの姫と王子の物がたりのため、いざじんじょうにしょうぶ!」

 拙い宣戦布告と共に、ゴーテルはピンクの杖をシンデレラへ突きつけました。その強い眼差しに、シンデレラは不敵な笑みを返します。

「気に入ったわ。金太郎を退けた力、見せてもらおうじゃないの!」

 もはやヒロインのセリフではありません。翡翠の瞳が燃えて、ゴーテルと火花を散らしています。

「まず小手しらべね!」

 ゴーテルが杖を一振りすると、地鳴りを轟かせて石の塔がいくつもせり上がってきました。リングに乱立した塔にゴーテルは飛び乗ります。

「これでどうかしら!」

 塔に一つずつ開いた窓から岩が転がってきました。観客席へ移動していた魔法使いもぎょっとしています。

「狭い場所であんなもの出すなんて、何考えてるんだ! さっきの試合はどうしていたんだ!」

「えっと……金太郎さんが全て壊してくれていて……」

 ラプンツェルは魔法使いの珍しい大声に泣きそうです。しかし彼が魔法を使う

ルールを破る

より早く岩は砕け散りました。

「金太郎が出来てあたしに出来ないわけ、ないじゃない」

 竹を両断する蹴りを繰り出し、シンデレラは余裕綽々です。塔の上のゴーテルは再び杖を振ります。

「そうよね。じゃあ次よ!」

 窓の奥から鋭利な何かが飛んできました。小さいですが一つではありません。岩と違い大量に降り注いだそれは、銀のナイフでした。シンデレラも流石に驚き、塔の裏へまわったり避ける事で精一杯です。

 魔法使いもシルバーの髪を掻き乱して怒り狂っていました。

「顔に傷つけたら●●で●●だからな小娘ェ!」

「魔法使いさん……こわい……」

「あ!? どういう教育してんだ!」

「ご、ごめんなさい……」

 小人戦での輪ゴムと違い、この弾幕はシャレになりません。そんな中でもシンデレラの瞳は前を見据えています。よく観察すると、ナイフはシンデレラを追跡するわけではなく、一定時間吐き出されるとインターバルを挟んでまた発射というサイクルでした。そこでエメラルドグリーンの瞳が狙いを定めます。

 シンデレラがナイフの雨へ走り出しました。隙間を縫うようにして彼女はゴーテルの立つ塔の下に駆け込みます。

「そおいやあああああ!」

 塔の根元へ、岩をも砕くキックをお見舞いしました。それだけではなく、彼女の持つ技全てをぶち込みます。壁面にヒビが入ると、瞬く間に広がっていきました。

「えっ! う、うそ!」

 傾く塔にゴーテルは狼狽え、倒壊した衝撃でリングに放り出されます。幼い少女にはその擦り傷でさえ充分涙を誘いました。へたりと座り込んでいるゴーテルの前に、シンデレラが腕を組んで立っていました。

「金太郎が大怪我するほどの刃物をバラまいて自分は高みの見物。ナイフなんて使うやつ今までいなかったわ」

 ちなみに金太郎は斧を試合に持ち出したことはありません。金太郎と認識してもらえないから持ち歩いていただけでした。

 シンデレラは悪役のような顔で拳を握ります。

「そんなセコいことしたんだから、殴られたって文句言えないわよねえ?」

 振りかぶったシンデレラに、ゴーテルがぎゅっと目を瞑ります。しかしいつまで経っても何も起こりません。おそるおそる彼女が橙の瞳を開けると、額からぺちんという可愛い音がしました。

「常に全力を出すことは褒めるわ。ただ、それは相手への敬意があってこそよ。これだけの魔法を使えるなんて大したもの。だからこそ美学を持ちなさい。ここへまた来る時……期待しているわ」

 膝をついてゴーテルに目線を合わせたシンデレラが笑っていました。首筋を汗が伝い、一張羅の道着は所々切れていましたが、微笑みは慈愛で溢れていました。

「………っごめんなさあい!」

 ゴーテルが泣きながら飛び込むと、シンデレラは優しく抱きとめました。

 壮絶な戦いが幕を閉じたのです。歓声と拍手が会場を埋め尽くしました。誰よりも高速で両手を連打する王子は、スタンディングオベーションです。

 シンデレラの腕の中で、ゴーテルは喝采に負けじと声を張り上げます。

「てるはっらいねんもきます! おねえさまのようなせん士になって、かならず!」

「待っているわ、ゴーテル」

 ゴーテルは涙をぐっと拭い、胸を張って立ち上がりました。彼女は一礼をすると、ラプンツェルの元へ駆けていきました。わがままなだけの子どもはもういません。ゴーテルを見送ったシンデレラは、客席から熱烈な賞賛を向けてくる王子に気付き、ピースサインを送りました。

 勝利の右手を掲げてシンデレラは階段を降ります。

「おつかれさま」

 リング下へ迎えに来ていた魔法使いが、エスコートの手を差し伸べます。彼の表情もまた、優しいものでした。少しはにかんだシンデレラが応えようとすると、魔法使いは突然彼女の手を強く掴みました。

「十二時だよシンデレラ、帰らないと」

 その言葉の直後、照明が落ちたように薄暗くなりました。鐘の音が低く鳴ります、一回目。シンデレラを含む全員の動きが止まって、二回目。大時計だけが光を持っていました。

「絵本は閉じられ、また最初から開かれる」

 満月のような時計が逆に回り始めます、三回目。四回目、五回目と続くにつれて世界がぐにゃぐにゃになっていきます。

 たった一人で歪みを見届ける魔法使いは白い手に口づけました、十一回目。

「僕も忘れなきゃ」

 十二回目。

 

 □■□

 

「ふんぬらああああああああああ」

 むかしむかし、ある山の一角で雄叫びが響き渡りました。声の主から熱い抱擁を受けた丸太が木っ端微塵に砕け散り、それを眺めていた銀髪の青年が、こめかみを押さえ溜め息を吐きました。赤い瞳は伏せられて、森に溶けそうな緑色の長いローブと三角帽が、同意するように揺れています。

 しかし、黒みが強くなった青年の目は、心底いとおしそうに彼のお姫様を見つめていました。